2013/07/08

歴史のお話その155:分裂の時代①

<魏晋南北朝時代①>

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◎大分裂時代

 後漢滅亡後、三国時代を迎えますが、魏に代わる国が晋です。
晋が蜀と呉を滅ぼし、一度中国を統一します(265年)が、混乱の為に短期間で晋は滅びます。

 華北には北方、西方の異民族が侵入し、彼等の部族単位による小さな政権が複数誕生しました。
この時代を五胡十六国(ごこじゅうろっこく)時代(316年~439年)と呼び、五つの異民族によって十六の政権ができた時代を意味しますが、華北は大混乱の時代です。

 やがてその中の一国北魏が華北を統一します(439年)。
北魏はやがて東西に分裂(534年)して東魏、西魏が成立するのですが、更に東魏は北斉(ほくせい)(550年~577年)、西魏は北周(556年~581年)に代わります。
北魏から北斉、北周までの五つの王朝は総て同じ系統の政権なので、これを総称して北朝と呼びます。

 異民族の政権が成立したのは華北だけで華南にまで彼等の侵入はありませんでした。
崩壊した晋の王族の一人が南に逃げてここに晋を再興し、これを東晋(317年~420年)と呼びますが、東晋と区別してその前の晋を西晋と呼ぶことも在るので注意が必要です。

 東晋を滅ぼした勢力が宋、その後、斉、梁、陳と等の王朝が続き、この宋から陳までの四つの王朝を総称して南朝と呼び、華北の北朝と対峙する恰好に成ります。

 北周が北斉を滅ぼして華北を統一した後、581年に北周が隋に代わり、この隋が南朝最期の王朝陳も滅ぼして再び中国全体を統一するのが589年です。

 後漢滅亡後、隋の統一までの370年間が大分裂時代と成るのです。

 この時代全体の呼び方は、魏晋南北朝時代が一般的ですが、南方の政権に着目して六朝(りくちょう)時代と言うことも在ります。
三国の呉、東晋、南朝の宋、斉、梁、陳、全部で六つの王朝が存在したので六朝。
この六つはすべて都が現在の南京なので、一連の王朝と考えている訳です。

 しかし、王朝の変遷は権力の最高位にある皇帝の家柄が代わって行くことを追っているだけの話で、大きな歴史の流れとしては、権力が不安定で長い分裂がつづいた時代として、考えて良いと思います。

 では、なぜ皇帝権力が不安定で政権交代を繰り返したのでしょうか?
三国時代でも書きましたが、豪族の勢力が強く、豪族層に対抗できるような皇帝権力の基盤を作れなかったのです。

 もうひとつは異民族の流入が見逃せません。
前漢、後漢の時代に積極的に対外政策をおこなった結果、北方の遊牧民族のあいだに徐々にではありますが、中国文明が浸透して行きました。
匈奴の中にも中国国内に移住して生活するような部族が出て、華北の場合は彼等の活動が更に混乱に拍車をかけたのです。

魏晋南北朝時代:続く・・・

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