2013/07/14

歴史のお話その160:分裂の時代⑥

<魏晋南北朝時代⑥>

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◎代表的な文化人と作品

 東晋の詩人で陶潜(とうせん)、若しくは陶淵明(とうえんめい)。
作品は「帰去来辞(ききょらいのじ)」が有名です。
これは「帰りなん、いざ」の一文からはじまる詩で、役人を辞めて田舎に帰る時に作ったと云います。この詩の一節に「五斗米の為に腰を折らず」の言葉が在りますが、五斗米とは役人としての陶潜に支払われていた給料を意味しています。
腰を折るの表現は、お辞儀をすることで、「僅かな給料をもらう為に上司に媚び諂う様な役人仕事はもう止めにしよう。俺は仕事を辞めて田舎へ帰って、静かに毎日を暮らす方が良い」、という詩なのです。
陶潜も当時の貴族に広まっていた逸民的な気質の中に居る人物のなのです。

 南朝宋の詩人謝霊運(しゃれいうん)は、超一流の名門貴族でもありました。
官僚なのですが、傲慢な性格故に左遷されて田舎に赴任するのですが、その地の美しい自然に心を癒されて、山水詩を書きました。
自然の風景の中に自分の精神を融合させて、安らぎを得る感覚ですね。
当に仙人の境地です。

 南朝梁の国の皇太子、昭明太子。
即位する事無く他界しますが、彼の編集した本が「文選(もんぜん)」と云い、古今の名文を集めたもので、貴族達が文章を書く時の参考にしたものです。
日本にも渡来し奈良・平安の貴族達が、漢文を書く時の手本にした有名な本です。

 東晋の名門貴族、王羲之(おうぎし)。
書聖と呼ばれる書道の名人で、筆と墨を使って書く行為を芸術にした人と思って良いでしょう。

 代表作が「蘭亭序(らんていじょ)」。
名門貴族達40数人が蘭亭という風光明媚な場所に集まって宴会を行います。
如何にも「清談」的な雰囲気の集まりで、皆で作った詩を集めたものに王羲之が序文を書いたのですが、これが「蘭亭序」。
傑作の誉れも高い物ですが、後の時代、唐の太宗が自分の墓に一緒に埋葬した為、実物は現存していません。

 その他の作品でも、王羲之本人が書いた真筆は伝わっておらず、現在、私達の目に触れる作品は臨書(りんしょ)と云い、後の時代の名人が書き写したものです。

 顧愷之(こがいし)。
この人物も貴族ですが、役人としてもその地位は低く、画家としての方が有名です。
肖像画が得意とし、その代表作が「女史箴図(じょししんず)」で、貴族女性の日常生活を描いています。
当時の貴族達の暮らし振りが判って興味深いものが在ります。
日本では、余り利用されなかった銅鏡を使用する姿や、屋敷での畳の置き方等、当時の貴族生活を垣間見る事が出来ます。
是等の絵が、そのまま日本に伝わり、良い例が百人一首の絵です。
天皇や貴族の座り方とまったく同じなのです。

 日本では畳はどんどん普及して、部屋全体に敷くようになって現在に至りますが、一方、本家の中国では唐の時代くらいから、椅子とテーブルの暮らしが一般的に成り、現在では畳は使っていません。
「古い時代の文化は、辺境地域に残る」という文化伝達の原則が在りますが、その実例で、この場合、辺境とは日本の事です。

魏晋南北朝時代:続く・・

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