2013/08/13

歴史のお話その183:統一国家の成立④

<五代から宋へ④>

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清朝末期の科挙試験会場

◎科挙その2

 では科挙試験とは、どの様な試験を行うのでしょうか。
まず論文で政策論を書かせる、儒学の経典の理解力をみる、そして詩を書かせます。
当然、すべて論述式です。

 政策論は官僚に必要と思いますが、儒学の理解や詩は官僚として必要なことでしょうか? 
儒学の理解度をみることは、その人の徳を測ることと同じで、詩を書かせることは文化人としての教養をみることです。

 つまり、科挙試験は、官僚として実務に有能な者なら誰でも良い訳ではなく、貴族的な人間を試験で探す意味合いが強い様に思われ、現在の大学入試の様な単なる能力テストでは無く、人格を測る様な処が在ります。

 従って、文字が綺麗なことも当然要求され、現在の様に鉛筆や消しゴムでは無く、墨をすって筆で書くことに成り、しかも、清書用紙を墨で汚せばまず不合格、緊張の連続でしょう。

 更に、試験は三日間連続で行われ、試験会場は一種の独房形式の小屋で、受験生一人一人にその独房が割り当てられ、そこで缶詰状態で受験します。
鍋釜、食材、寝具も持ち込んで、自炊しながら答案を書くのですが、なかには、緊張に耐え切れずに発狂する受験者も存在したと伝えられています。

 是が非でも合格する為に不正行為をする者も当然現れますが、論述式試験なのでカンニングペーパーはあまり役には立ちません。
論語、詩経等は暗記していることが大前提で在って、答案を作成する時にそれらを如何に上手に引用して文章を格調あるものにするのかが合否の判断材料に成ってきます。

 そうなれば、合格する為に不正行為を行う場合、一番確実なのが採点する担当者を買収することです。
当然ですが、政府としてその様な事態が横行することは、科挙の権威が台無しに成ってしまう為、懸命に不正防止策を展開します。
まず、賄賂を受け取っている採点官が誰の答案か判らない様に、受験生の名前を隠してしまいます。
 
 国家の指導層を選ぶ科挙では更に不正対策が行われ、受験者の名前を隠すだけでは足りず、受験者の筆跡で人物を判断出来る場合もあるので、筆跡をわからなくする為に受験者の提出した答案を別の役人達が書き写すし、筆跡がわからなくなった答案を採点官が採点します。
 
 不正を企む人物は居たと思いますが、科挙はおおむね公正におこなわれていき、モンゴルが中国を支配した一時期を除いて王朝が変わっても連綿と継続され、20世紀1904年迄、実施されたのです。

 宋の時代には科挙官僚を出した家は「官戸」とよばれ、特権を得ました。
徭役を免除など減税が行われ、この特権はその家から官僚がいなくなれば、なくなってしまうものです。
そういう意味で、家系そのものが高貴とされる貴族とは全然違うものです。

 宋はこの科挙に象徴されるように文治主義の政治体制をつくりあげていきました。

統一国家の成立:終わり・・・


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