2013/09/07

歴史のお話その203:蒼き狼の帝国⑨

<モンゴル帝国の発展⑤>

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マルコ・ポーロ(Marco Polo、1254年9月15日 - 1324年1月9日)

◎元朝の中国支配

 フビライ・ハーンから始まる元は、中国の王朝となるのですが、モンゴル人は如何にして中国を支配したのでしょうか。
 
「モンゴル人第一主義」
一番の身分がモンゴル人、二番目が色目人(しきもくじん)、三番目が漢人、最後が南人という序列がつくられました。

 支配者はモンゴル人なのですが、人口は圧倒的に少なく、定住農耕民を統治する行政的な技術や経験が少ない為、行政技術者として主に西方出身のイラン人等を官僚として採用していました。
彼等のことを色目人と呼び、雑多な民族の人達を意味します。
目の色が青いからの意味では無く、マルコ・ポーロ等は、まさしく色目人です。

 漢人とはこの時代の特殊な使い方で、旧金朝支配下の漢民族、女真族、契丹族、高麗人を呼ぶ言い方です。
最下位の南人は旧南宋治下の漢民族のことです。

 モンゴルは中国の伝統的な官僚登用試験である科挙を廃止します。
儒学的教養に価値を認めず、中国の経済に寄生して、吸い取れるものは吸い取ろうという考えでした。

 マルコ・ポーロの『東方見聞録』を読んでみると、マルコは中国各地を旅するのですが、中国人とはほとんど接触していません。
中国語を話している形跡が余り無く、同じ色目人同士でペルシア語等で会話を交わし、日常の用は十分に足りていたのではないかと思われます。

 モンゴル人が中国を支配していながら、中国人や中国文化に全く無関心だった具体例です。
税金等を徴税出来れば其れで良しとした風潮が伝わります。

 元の税収の中心は塩の専売税です。
更に交鈔(こうしょう)と呼ぶ紙幣を大量発行して中国経済から金銭を掠め取っていきました。
「モンゴルの平和」によって安全を確保され、中国に往来する商人からの税収も多かったのです。

「東方見聞録」より

 「五日目にザイトン(泉州)と呼ばれる、大変に立派な大都市に着く。
ここは海港で、インドから船は皆高価な商品、貴重な宝石類、大きな真珠を満載してここへ入港する。又、マンジ(中国)の諸地方の商人たちもこの港に集まって来る(中略)。
さて、大汗(フビライ)はこの都会と港から実に莫大な税収を得ているが、これはインドから来る船は総て10%、すなわち彼らが持ってくる総ての商品、宝石、真珠の価格の10分の1を納めることになっているからである。
(中略)
こうして、税と船賃とで商人は載んできたものの半分は差し出さねばならぬことになる。
しかし、残りの半分でも膨大な利益をもたらすので、更に沢山商品を持って、もう一度来ようと考える。
これをみても、大汗がこの都会から取りたてている税収が如何に莫大なものであるか、容易に信じられるはずである。」

 モンゴル帝国と言えば陸の大帝国というイメージが強いですが、インド洋から南シナ海でも安定した海の交易路が出来ていたことの注目です。

 さて、元の時代、科挙が中止に成り、受験勉強をしていたエリート達の中には生活の為に小説や芝居の台本を書く者が出てきました。
それまでエリートは庶民の楽しみ、芝居・小説の類は関心の範疇に在りませんから、中国史上前代未聞の出来事で、本当の知識人が小説を書くので、質の高い作品が生まれたのは当然です。

 この時代の芝居を元曲(げんきょく)又は雑劇と呼び、有名作品としては『西廂記(せいしょうき)』『琵琶記(びわき)』、前者は若い男女の恋愛、『琵琶記』は夫婦の愛を描いたもので、内容的には女性観客向けの作品に思われます。

 劇は元の宮廷でも演じられたとも云われ、面白い作品は誰が見ても面白いのでしょう。

 小説の分野では、『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』の原型が成立し、盛り場での講談が次第にまとめ上げられて行きました。

 文字文化は、契丹族、女真族、タングート族と中国周辺の新興民族は、漢字に対抗して独自の文字を作り上げて来ましたが、フビライもチベット人パスパ(パクスパ)に命じてモンゴル語を書き写す文字を制定しました。
これが、パスパ文字で元朝の公式文書に用いられます。

 学問分野では西方からイスラム科学が導入されました。
フビライの時代の郭守敬(かくしゅけい)は、運河の建設や水利工事も実績があるのですが、天文学者として有名です。
イスラム暦を基礎にして「授時暦」と呼ばれる暦を創り、後に江戸時代の「貞享暦」の原型に成りました。

余談ですが、月の裏側には彼の名を付けた「郭守敬」クレーターが在り、火星と木星の間の小惑星帯に存在する小惑星2012号は、別名「郭守敬」と命名されています。

蒼き狼の帝国:続く・・・

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コメント

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こんばんは

科挙の中止が、良質の小説が生み出されるきっかけとなる。
科挙の功罪が、ここにも表れていますね。