2013/09/12

歴史のお話その208:蒼き狼の帝国・番外編②

<キリスト教伝説に登場するチンギス・ハーン>

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◎プレスター・ジョンの奇跡の国

 エチオピアに渡っていた、ポルトガルの宣教師が、20世紀初頭に古代キリスト教徒の王の旗と剣を発見したと報告しました。
幾世紀より以前から伝えられた品物で、この地のキリスト教徒にとっては、神と同様に考えられていました。

 この古代キリスト教徒の王とは、伝説のプレスター・ジョンの事では無いでしょうか?
中世ヨーロッパでは、東方にあって、想像を絶する程富裕な聖職者の王と、その謎の王国の伝説が幾世紀も語り次がれてきました。
その国は、平和と正義が支配し、貧困と悪徳を知らなかったと云います。

 其れは又驚異の国でした。
中世の時代に、或る旅人が書き残しています。
「或る地域には、毒草も生えなければ、蠍も、草の間をすべる蛇もいない」

 しかし、その国に向かう事は、命がけの冒険で、途中の砂漠には野蛮人が住んでおり、彼らは「見るも恐ろしい人間で、角をはやしている。全く人語を話さず、豚の様に鼻を鳴らすだけ」で、更に、小人族、巨人族が行く手を阻み、最後に「人間の肉や早産した動物の子供を常食にしている」と云い、「この人種のうち、誰かが死ぬと、その友人縁者がその死者をがつがつと貪り食らう。人間の肉を食う事を、彼らは義務と心得ているのである。私達は、彼らを上手く他の敵に対抗させ、食人種の目を逸らした。其れで私達は、人間も馬も全く被害を被る事無く、他方の敵が全部食われてしまった時、私達は、護衛の軍隊と共に故郷へ帰る」事が出来たと記されています。

 プレスター・ジョンの宮殿は水晶で造られ、屋根は宝石を鏤め、王国内で陰謀が存在すれば、魔法の鏡がいち早くその事実を王に知らせました。

 王はサファイアの寝台に眠り、王衣はサラマンドラ(火竜)の毛織物で作られていました。
馬は無く、代わりに天駆けるドラゴンを操りました。
誰も若返りの泉を利用でき、王自身の歳は、562歳という事でした。

◎現在の解釈

 プレスター・ジョンとは、聖職者ジョンの意味であり、この王は、イエス誕生の時に訪れた東方の3賢者の一人の子孫で、初期キリスト教の一派、ネストリウス派の指導者だったとされています。

 プレスター・ジョンの物語は、1145年にゲバル(現在のレバノン)の司教フーゴが語り始めた痕跡があります。
ネストリウス派キリスト教徒は、モンゴル出身の侵略者イェール・タシーの来襲に力を貸しました。
司教はその為、侵略者がキリスト教徒であるかのように見せかけ、報告を粉飾したと思われます。

 そして1165年、ヨーロッパの全宮廷にプレスター・ジョンの直筆と称する、偽造の手紙が出回り、その何通かは現存しており、大英帝国博物館にも1通が保管されています。
手紙は、ビザンチン皇帝マスエル宛で、プレスター・ジョンはインドの支配者、並びに「王の中の王」と自称しています。

 1177年、法王アレクサンドロス3世は、「著名にして崇高なるインドの王ジョン」に手紙を送りました。
プレスター・ジョンにローマに神殿を建設し、かくしてキリスト教会を統一することを認める勅許状でした。

 その後、伝説には何ら新しい事が知られませんでしたが、1221年に高名な聖職者、アクレ(イスラエル)の司教から、ローマに情報がもたらされます。
インドのダビデ王はジョンの孫とされていると語り、司教はこの謎に新たな光を与えましたが、このダビデとは、他ならぬチンギス・ハーンその人の事と考えられます。

 14世紀には、探検の焦点はエチオピアに絞られ、ジョンはその地のキリスト教王だった、と信じられる様になりました。
現在の研究者は、「ジョン」はエチオピアの王を意味する「ザン」の読み違えであり、この国は西暦4世紀以来キリスト教国で、革命迄存続した王家は、1270年頃に勃興した一族であり、ソロモン王とシバの女王の子孫と称していました。

蒼き狼の帝国・番外編:続く・・・

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