2013/10/26

歴史のお話その245:語り継がれる伝説、伝承、物語㉞

<失われた植民地の子孫達>

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 18世紀初頭、アメリカ、ノースカロライナのランバー川を遡っていた移民達は、灰色の瞳をしたネイティブ・アメリカンと遭遇しました。
しかも、彼らの話した言葉は、訛っていたとは言え、紛れも無い英語でした。

 ネイティブ・アメリカン達は、彼らの祖先は「本で話す」事ができたと語りましたが、開拓民はこの言葉を、読み書きが出来たという意味に解釈しました。
彼らの住んでいた、ローブソン郡には、この神秘的な部族の子孫は現在でも生きています。
ランビー・インディアンと呼ばれ、肌の色は褐色から白色迄と幅が広く、金髪碧眼も珍しく有りません。

 彼らは、ウォルター・ローリー卿の「失われた植民地」ロアノーク島から1590年に一斉に姿を消したイングランド移民の子孫ではないかと、現在では考えられています。
ロアノーク島は、ランバー川から320km程はなれた場所に存在します。

 エリザベス一世が勅許をローリーに与えてから、島の植民地建設は2回に分けて行われ、第一回の試みは、1586年ですが、繰り返し行われる原住民の攻撃と物資欠乏の為放棄され、次いで1587年、ジョン・ホワイトの率いる100人以上の男女がこの地に渡りましたが、その結果は前回と同様でした。
ホワイトは、救援と補給を求める為、15人を連れてイングランドに出発しました。

◎人影の消えた砦

 其の後勃発した、イギリス・スペイン戦争の為、ホワイトは1590年迄島に戻る事ができず、ロアノークに砦が築かれていたものの、ホワイトが戻ってみると、内部は略奪され、人影も消えていました。
手掛かりは只一つ“Croatoan”なる単語のみでした。

 この言葉の意味については、今日なお研究者の間で論議が絶えず、移住地を襲撃した原住民の部族名と推測する研究者も存在しましたが、クロアトアンとは、ロアノーク島の南に浮かぶ島の名前で、其処には、温和で友好的なハテラス族が定住している事を入植者は知っており、彼らがこの島に辿り着いてハテラス族と雑婚したと考えれば、その子孫がランビー・インディアンである可能性が強いと思われます。

 ホワイトは、入植者達が自発的にクロアトアン島に自発的に移住したと考え、彼らと再会を果たせぬままイングランドに帰国しました。
彼の推測を裏付ける確かな証拠が、今日発見されており、1650年頃、ハテラス族は大挙して、本土へ移住し、ランバー渓谷に定住しました。
ロアノークの「失われた入植者」が使用していた95種類の姓の内、サンプソン、クーパー等、41種類がランビー族に確認されています。

続く・・・

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