2013/11/05

歴史のお話その252:語り継がれる伝説、伝承、物語㊶

<最初のアメリカ人>

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 ホセ・コルテスが排水溝を掘っている時、シャベルに何か、硬い物があたりました。
土を払い除けると、曲がった大きな牙が、二本出て来ましたが、此れは遥かな昔に絶滅したマンモスの物でした。
彼の農場は、メキシコ・シティーから、北東に30km程離れたテペスパンに在り、1950年の事でした。
2年後、メキシコ人研究者が、この化石を調査中に、その胸骨に矢じりを発見して、驚愕したのです。
其れから数日後、衣類にする皮を仕上げる為の道具、スクレーパーと呼ばれる石器も出土しました。

◎狩人とマンモス

 明らかにマンモスは、沼地にはまり込み、石や槍で武装した狩人の一団に、仕留められたのです。
しかし、マンモスと同じ位昔にアメリカ大陸に人間が、生活していたのでしょうか?
発掘作業が終了すると、発見の報告が、考古学会に発表されました。

 この発見は、人類学者ヘルムート・デ・テラが、以前に行った報告を裏付けるもので、彼は、1947年に同じ地域を発掘していて、人間の骨格を発見しました。
その骨が、1頭のマンモスの骨の側に在ったので、デ・テラは、後に彼がテペスパン人と命名したこの人類は、1万1000年程以前の人類ではないか、と言う結論を下しました。
しかし、デ・テラの発表に対し、発掘方法や年代測定法に関する疑問が、数多く主張され、彼の報告は学会に於いて無視されていたのです。

◎アジアから来た人々

 新しい発見が成された事により、彼の主張が正しかった事が証明され、北アメリカ大陸への移住について、新しい研究が一斉に開始されました。
現在、最初の人類がアジアからアメリカ大陸に移動して来たのは、4万年前の事で、当時陸橋となっていたベーリング海峡を徒歩で渡り、現在のアラスカに到達したものと考えられます。

 この説は、近年ユーコン地域、アラスカ、メキシコ等で、石や動物の骨で作られた、簡単な道具類が発見された事を根拠としています。
是等の道具は、矢じり、ナイフ、スクレーパー等で、研究者は3万年から3万5000年前のものと考えています。

 彼らは、動物を狩り、快適な環境を求めながらゆっくりと南下し、恐らく8000年以上昔に、南アメリカの最南端部迄到達し、そして、1万2000年程前に氷河が溶け去ると、次第に北アメリカ全土に広がっていったと思われます。

 世界で最初の農耕は、紀元前1万年頃アジアに現れ、続く2000年から3000年の内に、旧世界の多くの地域で、定住生活が始まりました。
古代のアメリカ人が、何時頃農業を始め、共同体を作って生活する様に成ったのかは、現在でも正確な時代は判定されていません。
しかし、紀元前5000年には、中央アメリカとアンデス高地で、カボチャ類やその他の作物が、栽培されていた痕跡が確認されています。

 魚や肉を、安定して手に入れる事のできる地域では、人類は半定住生活様式を取り入れました。
その頃には、マンモスや他の大型動物は、絶滅していましたが、是等の動物に比較して、人類は移り変わる生活環境に適応する能力を持っていたので、現代迄、子孫を残す事ができたのでした。

補遺
アメリカのストーンヘンジ


 ボストンの北60km程の場所にあたる、ニューハンプシャー州セーレムの5ヘクタール程の地域に、石造りの蜂の巣構造や壁が22基、雑然と点在しています。
この場所に、重さ5t近い、水平な花崗岩の板が発見されました。
古代の儀式の際に、この石板の上で生贄が捧げられたのではないのかと推測される事から、「生贄の板」と呼ばれています。
付近を調査すると、高く尖った石が壁沿いに見られ、その配置は、イギリスのストーンヘンジの配列に従っている様にも見えます。
此れは、ヨーロッパのドルイド教徒と同じ年代に建てられた、宗教施設の廃墟と考える研究者も存在します。
ニューイングランドでも、同様な環状列石が、数多く発見されています。

続く・・・

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