2013/11/06

歴史のお話その254:語り継がれる伝説、伝承、物語㊸

<北への航海> 

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 紀元前300年頃、北への航海から帰還した、ギリシアの探検家ピュティアスは、イギリス(ブリテン島)についてこの様に説明しました。
「この島は、人口が多く、気候は冷涼であり、又その国民は稀に見るほど、親切で礼儀正しい」
「彼らの食事は質素で、金持ちの贅沢とは全く異質であり、多くの国王や実力者が居るが、大抵はお互いに平和を保っている」

 しかし、彼の言葉を信用した者は、殆んど居ませんでした。
ピュティアスの著書「大洋」は、今日では全く現存していませんが、彼の同時代の人々は、この本の存在は知っていても、大部分の人々は“でっち上げの傑作”と思っていました。
何故なら、何世紀もの間、著名な研究者が彼の書物を紹介する時は、何時もからかい半分であったからなのです。

 紀元前1世紀のギリシアの歴史家、ディオドロスと、地理学者のストラボンが、ピュティアスの旅について、紹介しているので、どの様な旅で有ったのか、再現する事が出来ます。
ピュティアスは、ギリシア人としては初めてイギリスを訪れ、イギリスとイギリス人について報告しました。
又、恐らく、アイスランドの海岸が望める付近を航海した、最初のギリシア人であった公算が高い人物です。

 ピュティアスは、「イギリス人は素朴で、現代人の様に欲望にとらわれない。彼らはワインを飲まず、大麦から作った発酵酒を好む。彼らはこの酒をクルミと呼んでいる」と報告しています。

 彼の時代、人々の知識は、地中海の暖かい海に限られていましたから、北部大西洋に関する知識は皆無でした。
氷の塊が大洋に浮かんでいる光景を彼が説明しても、どうして信用する事が出来るのでしょうか?
増して、更に北上すれば、海全体が凍っている事や、太陽が水平線に沈まない事に関する話は、全く信じて貰えなかったのでした。

 ピュティアスの航海は、12000kmを超え、イギリスを一周し、色々な場所に上陸して、現地の人々が、穀物を収穫したり、牛を飼っている処を見学したりしています。
コーンウォールでは、錫の鉱山を訪れ、デンマークの海岸では、琥珀を探す為に船を寄せた事も有りました。

 この大航海から帰国した、ピュティアスは、アイルランドはイギリスの西に在ると報告しますが、そんなピュティアスを嘲笑した一人である、ストラボンは、「そんなばかな話は無い。スコットランドの北に在る」との主張を壊しませんでした。
当時は、このストラボンの説が正しいと信じられていたのでした。

 しかし、時が流れるにつれて、ピュティアスは偉大な探検家として認められ、又北の海に到達し、その事実を紹介した人物として、歴史に名前を刻む事と成りました。

続く・・・

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