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2013/11/15

歴史のお話その260:語り継がれる伝説、伝承、物語㊼

<王家の谷>

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発見時の玄室扉の封印

 ハワード・カーターは、次第に絶望的になって行きました。
彼は25年近くも、少年王ツタンカーメンの墓を探し続けてきましたが、発掘の資金は、既に尽き様としていました。
更には、仲間達の間からも、次第に疑問の声が、上がり始めたのです。

 この英国人考古学者は、その墓が古都テーベの地に在る、王家の谷の何処かに存在する事に、間違い無いと確信していました。
彼がそう信じた理由は、近郊のルクソールの神殿に、ツタンカーメンに関する碑文が存在する事、又、その王墓は依然として略奪を受けていないと考えました。
是まで、ツタンカーメン王の遺品が、何一つ報告されていない為でしたが、発掘を開始してから10年間に発見された物は、壺が数個と王に名前が入った、衣類程度に過ぎませんでした。
その後には、谷を隈なく掘り返しても、何の成果も在りませんでした。

 カーターは明け方の涼しい砂の上を、発掘現場に向かって、ゆっくりと歩きながら、彼の後援者で、アマチュア考古学者のカーナボン卿の事を考え、イギリス、ハンプシャーの館での最後の話し合いを思い出していました。

 カーナボン卿は、発掘の中止を望んでおりましたが、カーターはもう一度、最後の費用を捻出する事を訴えたのでした。

 カーナボン卿は彼に語ります。

「先生、私は賭博師のようなものだ。
もう一度、君に賭けよう。
もし、失敗したら、それで終わりだ。
何処を掘ろうと言うのかね?」

 カーターは、王家の谷の地図を見せながら、ラムセス6世の墓への出入口になっている為、未だ未調査の小さな区画を示して言いました。

「此処です!残っている最後の場所です!」

 今、発掘現場に近づきながら、カーターは此れが、彼の夢の侘しい結末らしいと考えており、彼と作業員は、此れまで3ヶ月間、その場所を掘り返したものの、何も発見できませんでした。

 しかし、彼がその場所についた時、作業員頭のアリが走ってきて言いました。
「岩を刻んだ階段が出てきた!」
そして、2日目、封印された扉に通じる急な階段が掘り出され、カーターは直ぐに、カーナボン卿に電報を打ちました。

 「終に、谷で素晴らしい発見、盗掘の痕跡の無い封印のある壮大な王墓。到着迄は、元通り埋め戻しておきます。おめでとう」

 日付は、1922年11月6日の事でした。

 カーナボン卿の到着を待ち、数日かかって扉を壊し、石が詰まった通路を整備し、そして二人は第二の封印された扉の前に立ちました。
其れは、考古学者ハワード・カーターにとって、重大な瞬間でした。
カーナボン卿が肩越しに覗き込んでいる間に、カーターは扉の一部を削り、明かりを差し込んで、中を覗けるだけの穴を開けました。
彼は次の様に書き残しています。

 「初め、私は何も見えなかったが、内部から流れ出す熱い空気が炎をゆらめかせた。
しかし、目が明かりに慣れるにつれ、靄の中から、ゆっくりと部屋の中の細かい様子が見えて来た。
奇妙な動物、彫像、そして黄金、あたり一面、黄金が輝いていた。
少しの間、私は驚きにあまり、口が聞けなかったが、側に立っている人々には、その時間が永遠と感じられたに違いない。
カーナボン卿は、この沈黙に耐えられず、心配そうに訪ねた。
『何かみえますか?』
私は只、『ええ、素晴らしいものです』と呟く事しか出来なかった。」

 王墓は、4つの部屋からなり、其処には宝石箱、壺、宝石のはまった金張りの玉座、家具、衣装、武器等が詰まっていました。
埋葬室には、2体の黒い彫像に側面を守られ、4重の金色の厨子と、内側に3重の棺を納めた石棺が在りました。

 いちばん内側の棺は純金で、作られており、宝石を散りばめた経帷子に包まれて、ツタンカーメン王のミイラが納められており、顔は水晶とラピスラズリを象眼した、黄金のマスクで覆われ、首から胸にかけて、ヤグルマギク、ユリ、ハスの花で作られた、花輪が置かれていました。
3300年の時を経過したにも関わらず、その花は、まだ微かな色合いを残していたのです。

 王墓の中には、キリストがこの世に現れる、1350年前のエジプトの伝説的なファラオの日常生活が、そっくりそのまま納められていたのです。
この発掘作業は、考古学史上の発見の内でも、もっとも素晴らしいものの一つでした。

続く・・・


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