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2013/12/03

歴史のお話その274:語り継がれる伝説、伝承、物語61

<歴史上最大の紙幣偽造大作戦と史上最低の紙幣偽造②>

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1910年代のニューヨーク下町風景

 史上最大の紙幣偽造作戦、ナイス・ドイツがイギリス経済の混乱を図る為、実行したベルンハルト計画(旧称アンドレアス計画)は、国家を挙げて、持てる最高の設備、技術、資金、そして紙幣偽造の前科者に対して、特赦を条件に動員したポンド紙幣偽造を紹介しましたが、②はその反対、史上最低の紙幣偽造事件です。

◎孤独な老人のささやかな世過ぎ

 通貨偽造を取り締まる、アメリカ財務省の検察部が、1938年11月、奇妙な捜査に着手しました。
ニューヨーク市内の銀行窓口で、1ドル紙幣の偽札が発見されたのです。
更にその1ヵ月間に、合計40ドルの偽1ドル札が出現し、ベテラン捜査官を困惑させました。

 高額紙幣を大量に偽造し、市中に流す、欲深な犯人には、検察部も手馴れたものでしたが、1ドル紙幣ばかり、年間通じて585枚、と言う事は1日僅か2ドル足らずの稼ぎで満足する、犯人等今迄に居たでしょうか?

 偽造技術の幼稚さも、謎の一つで安物の紙を使用し、数字や文字は不恰好に捻じ曲がり、ジョージ・ワシントンンの肖像が擦れていました。
おまけに、本来Washingtonであるべき綴りが、Wahsingtonとスペルミス迄されており、一目見れば誰もがふきだす程、馬鹿げた偽物でした。
しかし、ニューヨークの小売商は、紙幣を正確に確認する事は殆ど無く、経験を積んだ銀行の出納係りの手に渡る迄、発見されませんでした。

 事件は検察部ファイルNo880として記録されました。
事件を担当した検察官は、やがて未知の犯人を「オールド・エイトエイティ」と呼びます。
この犯人には、何処か憎めない処が有った為でした。
5年後、オールド・エイトエイティの1ドル札は、2840枚に成りました。
その後も彼は、独自の紙幣を発行し続け、些細なきっかけで逮捕されたのは、捜査開始から9年の歳月が過ぎていました。

◎無邪気な犯人

 1948年1月、マンハッタンのウエストサイドの空地で遊んでいた7人の子供達が、いろいろなガラクタの中に、亜鉛の印刷原版と30枚程の1ドル紙幣を見つけました。
おもちゃのお札と考えた彼等は、其れを親に見せたところ、親はその札を警察に届け、警察は財務省検察部に通報しました。
3人の捜査官が調査した結果、最近、空地に近いアパートの屋根裏部屋で発生した小火騒ぎの際、消防士がその部屋に在った、印刷機や紙幣を空地に投棄した事が、判明しました。
捜査官が、問題の屋根裏部屋を訪れてみると、紙幣や印刷機、そしてオールド・エイトエイティ本人が居たのです。

 彼の名前は、エドワード・ミューラー。
73歳の男やもめで、青い瞳や、歯の抜けた口元の微笑み、白髪と形の良い口髭からは、どうみても温厚な人当たりの良い、老人にしか見えませんでした。
9年間に渡って偽札を作り続け、彼の慎ましい暮らしの支えに週10枚から12枚の割合で使用したと、彼は愛想よく語りました。
愛妻は1937年に亡くなっていました。
息子と娘は独立し、住居を遠くに移しており、彼自身は、建設工事監督の職を失い、手押し車で街のゴミを拾う仕事をしていました。
自分で食事の用意をし、自分で洗濯を行い、犬を自分で散歩に連れて行く毎日でした。
そして、現金が必要になると、之も自分で作って用意していたのです。

 「作ったのは」と彼は楽しそうに語りました。
「1ドル紙幣だけじゃった。どの店でも1ドル以上使った事はありゃせん。だから、1ドル以上損をした者はおらんよ」と。

 エドワード・ミューラーは自分を善人と信じて疑いませんでしたから、思いやりのある捜査官が、実は自分を逮捕しに来た事を知って本当に驚いたのです。
1948年9月、連邦地方裁判所で彼は罪を認めましたが、高齢を考慮されて、1年の刑期の内4ヶ月を務めた時点で釈放されました。
刑務所に入る前、オールド・エイトエイティは名目的な罰金を1ドル支払いました。
ほんものの1ドル紙幣で。

続く・・・

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