2013/12/05

歴史のお話その275:語り継がれる伝説、伝承、物語62

<組合長ブロディー:ジキル博士とハイド氏のモデル>

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 18世紀半ば、スコットランドのエジンバラに、ウィリアム・ブロディーと云う信望を集める人物が居ました。
厳格な気風の街に在って、彼は市民の模範でした。
富裕な家庭に生まれ、石工ギルドの組合長と市会議員を務めていました。

 しかし、この組合長は、イギリス文学上の最も恐るべき主人公のモデルでも在りました。
ロバート・ルイス・スティーブンソンの精神分裂症を病む科学者ジキル博士は、彼を基に生まれたのです。
ジキル博士と同じく、ブロディーは高潔な仮面の下に、秘密の生活を隠していました。
昼間は実業家の仮面を被り、夜は賭博師、盗賊に成りました。
誰も彼の秘密を知ることは無く、彼との間に5人の子供をもうけた情婦も、お互いの存在さえ気づきませんでした。

 ブロディーが悪の道に入ったのは、27歳の時で、1768年8月、彼は市立銀行の合鍵を造り、800ポンドを盗みますが、それ以来、18年間の間に幾多の建造物侵入を繰り返しましたが、誰も彼を疑う事は有りませんでした。

◎逃亡と逮捕

 しかし、1786年にもなると、さすがの悪運も尽き始め、この年、彼は3人のコソ泥と組み、其れまで以来の大胆な計画、スコットランド間接税務局本部の襲撃に乗り出します。
だが、局員に発見されブロディーは逃走するものの、共犯者の一人が逮捕され、彼の名前を供述します。

 ブロディーは警察に逮捕され、エジンバラで裁判を受けますが、状況は決定的に不利でした。
合鍵、拳銃等、警察側は彼の二面性を明かす証拠を握っており、ブロディーには死刑の判決が下りました。
死刑執行の前夜、彼は絞首台に釣り下がった瞬間の衝撃を緩和する為、首から踵迄の着衣に針金を入れ、縄で窒息しない様に、喉には銀のチューブを入れました。
しかし、結果はこの努力にも拘わらず、1788年10月1日、彼はエジンバラの絞首台で処刑されました。

 2年後、スティーブンソンは同じテーマで、「ジキル博士とハイド氏」を執筆しました。
人間の暗黒面を描いた、彼の代表的短編小説で、その中で、ジキル博士は或る薬の実験を通じて、「人間は1体ではなく、本当は2体なのだ」と悟り、「如何にして私は、人間の根本的、絶対的な二重性を認識するに至ったか」を述べます。

 そうして、実験の虜になった理由を、彼は次の様に言います。
「もし人間一人一人が、異なった人格に成り代わりさえ出来れば、人生の耐え難い苦痛は全て除かれるであろうと、私は考えた。
不正なる魂は、より道徳的なその片割れの向上心や自責の念から解放されて、己の道を行くだろう。
正しい魂は、邪悪な伴侶が犯す不真面目や恥辱にもはや悩まされず、善を為す事に喜びを覚えながら、天に向かう道をしっかりと確実に辿って行く事ができるだろう」

 人間の心に潜む生来の悪が、善良な組合長ブロディーを蝕んだ理由を、スティーブンソンは以上の様に語っています。

続く・・・


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