2013/12/06

歴史のお話その276:語り継がれる伝説、伝承、物語63

<椿  姫>

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マリア・カラス(Maria Callas 1923年12月2日 - 1977年9月16日)「椿姫」

 オペラは、時として荒唐無稽な古代伝説を、題材に選ぶ事があります。
しかし、ベルディの「椿姫」は、パリの街に巣食う実在の浮かれ女と、小説家アレクサンドル・デュマ(子)の才能のもとに生まれました。
ヒロインのモデルは、ローズ・アルフォンシーヌ・プレシと云い、1824年にノルマンディー近郊のノナン村で、生まれました。
15歳の時、彼女は家を飛び出し、一文無しでパリに辿り着きます。
そして、彼女は食べて行く為に、たちまち売春婦と成りました。

 18歳に成る頃には、家族の追及をかわす為、名前をマリー・ヂュプレシと変え、名高い高級売春婦に成っていました。
一等地のマドレーヌ大通りに住居を構え、ロシアの前ウィーン駐在大使ド・スタッケンベルグ伯爵等、大富豪を客に迎えていました。

◎出会い

 デュマが始めて彼女に出会ったのは、プールス広場で、マリーが馬車から降りようとしている処でした。
彼は、たちまちその美しさに魅せられ、パリエテ座のボックス席で再開するや、伝を頼って知り合いと成りました。

 二人のロマンスは、彼女が別の男性と結婚してもなお、彼女の死迄続きました。
慢性の結核に罹っていたマリーは、デュマに言いました。
「私を愛人にすると、ろくな事に成らないわ。神経質で、病弱で、悲しくて、悲しみよりもっと惨めな陽気さに浮かれる女よ。私の恋人達は直に、私を捨てたわ」
しかし、恋に盲目と成っていた若いデュマにとって、彼女の忠告等、耳に入りませんでした。

 彼女の病状は悪化の一途を辿り、デュマは医師の支払いの為、終に破産します。
マリーが、昔の愛人ベルゴーニ子爵と結婚した時でさえ、彼は彼女に忠実でした。
1847年2月3日、マリーは23歳で旅立ちます。
生前、こよなく愛した花椿に覆われて、棺はモンマルトル墓地に埋葬されました。

 マリーの死後、デュマは直ぐに「椿姫」に着手します。
後に彼は、この小説を戯曲に書き改め、その上演を見たベルディが、インスピレーションを得て、1853年オペラ化したのでした。
こうして、マリーは音楽の世界で、永遠のヒロインとなったのでした。

続く・・・


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