2014/01/09

歴史のお話その302:語り継がれる伝説、伝承、物語89

<開戦前夜:ハルノート補遺>

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◎太平洋戦争勃発時系列

 太平洋戦争の勃発までの時間の流れを整理してみました。

●12月1日
 御前会議、米英蘭に対して開戦を決議
●12月2日
 奇襲攻撃日を12月8日と決定し、午後5時30分「12月8日午前零時を期して戦闘行動を開始せよ」という意味の暗号電報「ニイタカヤマノボレ1208」が船橋海軍無線電信所から送信された。

●12月6日午前6時30分(ワシントン時間、以下同じ)
 901号電発信。内容は「ハルノートに対する対米覚書を別電902号で送る。長文なので14部に分ける。極秘。アメリカ側通告時間は追って指示。いつでも手交しうるよう準備せよ」、通称パイロットメッセージ。           
時間不明 :「機密漏洩防止の為覚書作成にはタイピストを使わぬ事」の指示。
12月6日午前6時30分:902号電1部目発信、
12月6日午後0時30分:902号電13部目発信、
12月7日午前2時00分:902号電14部目発信
12月7日午前2時30分:904号電発信 内容は「7日午後1時(ホノルル時間7日7時30分、日本時間8日午前3時)に野村大使よりハル国務長官に本件対米覚書を直接手交せよ」
この最後の904号電が大使館に配達されたのは7日の午前7時頃。
電信員が解読してタイプが終わったのが午前10時30分、902号電14部目が午前11時30分。
しかし、ここで大使館員の不手際により、暗号解読、タイピング作業に予想以上の時間がかかり、開戦後のワシントン時間午後2時20分頃に宣戦布告文が手交された。

●日本時間12月8日午前1時30分(ホノルル時間7日午前6時00分、ワシントン時間7日午前11時30分)
 日本軍第25軍は、英領マレーの北端コトバル東岸に敵前上陸、太平洋戦争の最初の戦闘は実はここで起こったのである。

●日本時間12月8日午前1時30分(ホノルル時間7日午前6時00分、ワシントン時間7日午前11時30分)
 真珠湾攻撃隊発進。

●日本時間12月8日午前2時22分(ホノルル時間7日午前6時52分、ワシントン時間7日午後0時22分)
 オアフ島最北端(ホノルルの北西四十五キロ)のカフク岬にある陸軍オパマ対空レーダー監視所は、北から近づく大編隊の目標を百三十マイルの距離で探知。レーダー監視兵からの報告に対して陸軍の当直将校は、接近コースが北と東からでは大きく異なるにもかかわらず、当日に北米本土からハワイに飛来する予定の B-17爆撃機の12機であるとみなして、何の措置も取らず。

●日本時間12月8日午前3時10分(ホノルル時間7日午前7時40分、ワシントン時間7日午後1時10分)
 攻撃隊、オアフ島北端のカフク岬沖に到達

●日本時間12月8日午前3時19分(ホノルル時間7日午前7時49分、ワシントン時間7日午後1時19分)
 日本軍がハワイ真珠湾空襲を開始する。攻撃部隊総指揮官 淵田大佐機から攻撃隊全機に全軍突撃を命じるト・ト・トのト連送が打電される。続いて艦隊司令部宛の隠語電文「トラ・トラ・トラ」(我奇襲二成功セリ)が打電された。

●日本時間12月8日午前4時(ホノルル時間7日午前8時30分、ワシントン時間7日午後2時)
 米英に宣戦布告の詔勅を発表

●日本時間12月8日午前4時20分(ホノルル時間7日午前8時50分、ワシントン時間7日午後2時20分)頃
 野村大使、ハル国務長官に合い、宣戦布告文を手交。日本の最後通牒を受けたアメリカの国務長官ハルは、「かくの如き歪曲と虚偽に満ちた恥知らずの文章を見たことがない」と日本を非難する。

●日本時間12月8日午前7時(ホノルル時間7日午前11時30分、ワシントン時間7日午後5時)
 「臨時ニュース」のチャイムの後、『臨時ニュ-スを申し上げます。臨時ニュ-スを申し上げます。大本営陸海軍部午前6時発表、帝国陸海軍部隊は本8日未明、西太平洋において、アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。』伝えられた。アナウンスを担当したのは宿直勤務をしていた館野守男アナウンサーだった。

●日本時間12月8日午前7時(ホノルル時間7日午前11時30分、ワシントン時間7日午後5時)
 首相官邸にて緊急臨時閣議がおこなわれ、いわゆる「大東亜戦争」宣戦布告の件、政府声明文など重要案件を付議し、決定した。

●日本時間12月8日午前7時30分、(ホノルル時間7日午後12時00分、ワシントン時間7日午後5時30分)
 同枢密院は臨時緊急全体会議を開き、政府側から宣戦布告の件を議題にして、情勢分析、政府の所信など、さまざまな問題について協議した。

●日本時間12月8日午前9時45分(ホノルル時間7日午後2時15分、ワシントン時間7日午後9時45分)
 続いて天皇をまじえて本会議を開催し、宣戦布告を決定した。

●日本時間12月8日午前11時10分(ホノルル時間7日午後3時40分、ワシントン時間7日午後9時10分)
 枢密院本会議終了。

●日本時間12月8日午前11時40分(ホノルル時間7日午後4時10分、ワシントン時間7日午後9時40分)
 宣戦の詔書が発せられる。

●ワシントン時間12月8日正午直前(ホノルル時間8日午前5時30分、日本時間9日午前2時00分)
 アメリカ大統領ルーズベルトは、日本の奇襲を国際法違反と決めつけ、上下両院の合同会議に次の教書を送った。大統領がこの教書を議会に送った1時間後に、上院は82対0で、下院は388対1で「日本帝国政府と米国の政府および国民の間に戦争状態の存在することを宣言する共同決議文」を承認。

●ワシントン時間12月8日午後4時10分(ホノルル時間8日午前6時10分、日本時間9日午前10時40分)
ルーズベルト、対日宣戦布告書に署名。

続く・・・

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