2014/06/14

歴史を歩く21

<ローマ帝国その⑧>

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南フランス・ガール橋

(5)ローマ文化
 
 ローマ人は、ギリシア人のような独創的な文化を創り出すことができず、ギリシア文化・ヘレニズム文化の模倣に終始しましたが、古代文化を集大成し、後世に伝えた点では功績を残しました。
又法律・土木建築等の実用面に長所を発揮しています。

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「狩をする少女の姿でアエネアスの前に現れるヴィーナス」

 文学、哲学、歴史学等の分野は、ギリシア・ヘレニズム文化の影響を強く受け、是等の分野では、哲学者のエピクテトス、歴史学のポリビオス、プルタルコス、地理学のストラボン、更に天文学のプトレマイオス等多くのギリシア人が活躍しています。

 文学の分野はギリシア文化の模倣としての色合いが強いのですが、ラテン文学でアウグストゥスの時代に黄金時代を迎えました。
ヴェルギリウス(紀元前70年~紀元前19年 )は古代ローマ最大の詩人で、ローマ建国伝説を詠った叙事詩「アエネイス」はその最高傑作です。
ホラティウス(紀元前65年~紀元前8年)は多くの叙情詩を残していますが、「征服されたギリシア人は、猛きローマを征服した」と云う有名な言葉も残しています。
オヴィディウス(紀元前43年~紀元後17年頃)には「転身譜」「恋愛歌」等の代表作が在ります。

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『カティリナ(右端)を追及するキケロ(左側手前)』、(Cicerone denuncia Catilina・チェーザレ・マッカリ1888年作)

 キケロ(紀元前106年~紀元前43年)は政治家・雄弁家・散文家として知られており、第1次三頭政治に反対して追放され、後に帰国してポンペイウスを支持してカエサルに疎まれて引退し、彼の死後政界に復帰、第2次三頭政治では反アントニウスの立場をとって彼の部下に暗殺されました。
彼はギリシア思想のローマへの移入・普及に大きく貢献し、その文体はラテン散文の模範として19世紀に到る迄、ヨーロッパ文学に大きな影響を与え続けました。

 哲学の分野では、ヘレニズムの哲学を継承し、ストア派の哲学が上流社会の実践倫理として流行します。
若きネロの家庭教師で「幸福論」を著したセネカ(紀元前4年頃~紀元後65年)、ギリシア人の解放奴隷で「語録」を著したエピクテトス(55年頃~135年頃)、哲人皇帝として有名なマルクス・アウレリウス・アントニヌスは代表作の「自省録」を陣中で執筆しました。

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ロムルスとレムス・セバスティアーノ・リッチ(1659-1734)

 歴史学もギリシアの歴史学を継承発展させます。
古代ローマのギリシア人歴史家ポリビオス(紀元前203年頃~紀元前120年頃)は、ローマの国家体制の熱烈な支持者で政体循環史観に立つ「歴史」(ローマ史)を著し、ローマの発展をギリシア史との比較しながら記述しました。
アウグストゥスの恩顧を受けたリヴィウス(紀元前59年~紀元後17年)は40年を費やして大著「ローマ建国史」(ローマ史)を著し、アウグストゥスの時代を賛美しています。

 有名なカエサルは歴史家としても名を残し、「ガリア戦記」は当時のガリア(現フランス)の事情やゲルマン社会を覗い知る為の貴重な資料で、原始ゲルマンについての最重要の史料はコンスル等を歴任した政治家・歴史家のタキトゥス(55年頃~120年頃)が著した「ゲルマニア」が在ります。
他に「年代記」(アウグストゥスからネロの時代)も有名です。

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Vercingetorix throwing his weapons at the feet of Caesar" リオネル・ロワイヤル1899年

 プルタルコス(46年頃~120年頃)の著「対比列伝」(英雄伝)は聖書、エウクレイデスの「幾何学原本」と並ぶ永遠の名著でナポレオンを初め多くの人々に読まれました。
ギリシアとローマの類似の生涯を送った政治家・将軍等の伝記を対比させ、50人の伝記を纏めたものです。

 地理学者としては古代ローマのギリシア人であるストラボン(紀元前64年頃~紀元後21年頃)が知られており、彼は当時のローマ帝国全土の地理・歴史を纏めた「地理誌」を著しています。

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天動説概念図Wikipediaより

 自然科学の分野では、天文学・地理学者のプトレマイオス(2世紀)が天動説(地球中心説)を体系化し、その天動説は16世紀にコペルニスクの地動説が現れる迄1000年以上にわたって人々に信じられて来ました。
又、彼の作成した世界地図は15世紀迄当時の人々の世界観に大きな影響を及ぼします。
プリニウス(23年~79年)は自然全般にわたる百科全書、「博物誌」(項目数2万と云われます)を著し、自然科学を集大成しました。

 芸術や学問の分野ではギリシア文化を模倣したと云われるローマ人ですが、法律や土木事業等の分野では独創性を発揮しています。

 特にローマ法はローマ人が後世に残した最大の遺産であり、後世に大きな影響を与え、ローマ最初の法律は紀元前5世紀半ばに制定された十二表法ですが、以後共和制・帝政の時期に多くの法律が制定されました。

 当初はローマ市民権を持つローマ市民にのみ適用される市民法でしたが、都市国家ローマの発展に伴いローマ市民権を持たない人々に適用される万民法が生まれます。
ローマは紀元前89年に全イタリア諸都市の自由民にローマ市民権を与え、更にカラカラ帝が212年にアントニヌス法を発布し、帝国全土の自由民にローマ市民権を与えた結果、市民法は世界的な性格を持つに到り、帝国内のあらゆる民族に共通な万民法が成立し、ローマ市民にも外国人にも等しく適用されるようになりました。

 後にビザンツ皇帝のユスティニアヌスが、法学者トリボニアヌスを中心に編纂させた「ローマ法大全」(歴代皇帝の勅法集、学説集、法学提要の三部から成り、534年に完成)によって集大成されます。

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アッピア街道

 土木建築はローマ人が最も得意とした分野で、アッピア街道(全長540km)に代表される道路(軍道)はローマから各地に延び、「全ての道はローマに通ず」との諺を生み、その総延長は85000km(地球の2周以上)に達したと云われています。
水道も各地に作られ、特に南フランスのガール橋は有名で、現在もその美しい姿を残し、更に5万人を収容したコロッセウム(円形闘技場)は今もローマ市内にその巨大な姿を留めています。
浴場を中心とした一大社交場である公共浴場、カラカラ帝が造ったカラカラ大浴場は有名ですが、その他トラヤヌス・コンスタンティヌスが建造させた凱旋門もまた有名です。

 暦法の分野で、カエサルは紀元前46年にエジプトの太陽暦を修正したユリウス暦を制定しました。このユリウス歴を改良発展させた暦が、今日世界的に採用されているグレゴリウス暦(1582年に教皇グレゴリウス13世が制定)なのです。

ジョークは如何?

ウィストン・チャーチルの言葉より、
「期待される政治家とは、明日なにが起きるかを、国民に予告できなくてはならない。そして、次の日、何故自分の予言通りにならなかったかを国民に納得させる能力がなくてはならない。」

続く・・・

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コメント

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こんばんは

長いアッピア街道の建設は、驚くばかりです。
それ以上に、その一部が今にも残っているのは驚きです。

土木建築は最高だね

京都は青空です
6月は気持ちも曇りがち
仕事もプライベートもより充実させましょう!
   ∧,,,∧  ( ノ゚Д゚)おはよう
  (´・ω・)
  /っ旦o-_。_-.、 元気出た~
  (´   c(_ア )
  [i=======i]  今日もよろしくお願いします

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ご丁寧に言伝を有難うございました。
私は拝見するのみ、私のブログとは異なった感性を楽しませて頂いております。有難うございました。
暑さも厳しくなります、お身体をご自愛下さいね。