2015/05/02

歴史を歩く103

15-4十字軍と都市の発達⑥

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領主の館と農民

4都市の自治権獲得

 中世ヨーロッパの封建社会は、「聖職者、王侯貴族、労働者」の三つの階級から成り立っていました。
「労働者」の大多数を占めるは、荘園内で働く自由を束縛された農奴達でした。
又荘園の中には少数ですが手工業者達も存在しましたが、10世紀頃迄は「働く人」の中に商人存在しませんでした。

 11世紀以後の商業、貨幣経済の発達は商人と云う新しい階級を生み出し、商人と荘園から移り住むようになった手工業者の居住地帯として、都市が成立し発展するようになりました。

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帝国都市ネルトリンゲン(ドイツ)

 中世ヨーロッパでは、都市のほとんどは城壁で囲まれ、この城壁の中に居住する人々は市民と呼ばれましたが、その市民のほとんどは農奴出身でした。

 荘園の中で交換が始まり、市(いち)が立つようになったとき、商業に従事した者は耕作する土地を持たなかった農奴や農業の片手間に商売をした人々であった思われます。
やがて取引の規模が大きくなり、取引の範囲が広くなるにつれて 商業や手工業に専念する人々が現れてきますが、彼等は封建領主の支配を受け、移動の自由がなく、賦役等の束縛を受けていました。その様な状況では、商売等に専念できないことは当然で、その為、彼等は封建的束縛から解放されて自由な身分になることを望み、領主の支配からの独立に努めたのです。

 貨幣経済の進展に伴い領主も貨幣を必要とするようになり、都市への課税を強化すると、都市の市民は是れに対抗し、場合によっては領主との闘争によって自由を獲得する場合も発生しましたが、多くの場合は封建領主である諸侯や騎士を抑えようとしていた国王や皇帝と結び、彼等に金銭的な援助を行う代わりに、その保護を受け、国王、皇帝から特許状を得て自治権を獲得していったのです。

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農民の婚宴

 その例えとした、イギリス、ブリストル市の特許状(1155年)の一部を紹介します。
「イングランド王にしてノルマンディー公、アキテーヌ公、アンジュー伯たるへンリーは(ヘンリー2世)、(中略)以下のことを告げる。 すなわち、余は、余のブリストルの市民達に、イングランド、ノルマンディー、ウェールズを通じて、彼等と彼等の商品の行くあらゆる場所において、すべての取引税、通行税、関税を免除することを認めた。したがって余の自由かつ忠誠なる臣下に対すると等しく、彼等(市民)が、彼等のすべての特権、免税権、自由な関税を有すること、又、彼等が取引税、通行税、全ての他の関税を免除されることを望み、これを厳命する。更に余は、この特許状の命に反して、彼等をさまたげる者については、10ポンドの罰金をもってこれを禁じる。」 (世界史史料・名言集、山川出版社より)

 封建領主の支配から自立し、市民自身が市政を運営する権利(自治権)を得た都市は自治都市と呼ばれましたが、自治権は都市によって強弱の差が存在したのです。

 ヴェネツィア、ジェノヴァ等、北イタリアの自治都市は、周辺の地域まで含んだ都市共和国となる例が多く、領主等外部権力からは完全に独立し、市民自身で市政を運営しました。
これに対してリューベック、ハンブルク等のドイツの都市は、皇帝から特許状を得て自治権を獲得し、皇帝直属の自由都市(帝国都市)として諸侯と同じ地位に在りました。
しかし、一部の有力な都市を除く多くの都市は、封建領主の保護のもとで納税の義務を負っていたのです。

 中世都市は、自立こそしていましたが、人口や規模の小さな都市が多く、皇帝、国王、封建領主の圧迫に単独で対抗することが困難であったため、周囲の都市と都市同盟を結び、共通の利害のために戦いました。

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ハンザ同盟の勢力圏

 都市同盟としては、北ドイツ諸都市を中心とするハンザ同盟や北イタリアのロンバルディア同盟が有名です。

 ハンザ同盟は、北欧商業圏を支配した北ドイツ諸都市を中心とする都市同盟で、ハンザは団体を意味します。
13世紀にリューベックとハンブルクが防衛同盟を結んだことに始まり、14世紀中頃には約80余りの都市が、最盛期には100を超える年が加盟し、リューベックを盟主としました。
ロンドン、ブリュージュ、ベルゲン(ノルウェー)、ノヴゴロド(ロシア)には四大在外商館がおかれ、ハンザ同盟の活動範囲は中部ヨーロッパに留まらず東ヨーロッパにも及びました。
又通商の安全を確保するために、共通の陸、海軍を保有しましたが、海軍は北欧の強国デンマーク海軍を撃破して(1370年)、北海、バルト海を制圧し、14世紀末には最盛期を迎えますが、16世紀以後次第に衰え、三十年戦争後に解散しました(1648年)。

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 ロンバルディア同盟

 ロンバルディア同盟は、ミラノを中心とする北イタリア諸都市の間で、ドイツ皇帝フリードリヒ1世の南下に対抗して結成され、皇帝軍を2度にわたって撃破し、最盛期には約30の都市が加盟していました。 

ジョークは如何?

スターリンが死んだ。この独裁者を厄介払いすべくフルシチョフは海外に埋葬場所の提供を求めた。
英国「わが国にはすでにチャーチル卿がおられます。大戦の英雄は1人で十分です」
ドイツ「わが国にはすでにヒトラーがいます。独裁者は1人でたくさんです」
そこへイスラエルから提供してもよいという応えが入った。だがそれを聞いたフルシチョフは青ざめた顔で猛反対した。
「あそこは以前に復活があったんだ!」


続く・・・

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