2015/05/05

歴史を歩く104

15-4十字軍と都市の発達⑦

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ドイツの造幣所風景

5市民の自治

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パン工房

 「都市の空気は自由にする」と云うドイツの諺があるように、封建的束縛から解放され自由を手に入れた都市の市民は、様々な束縛にあえぐ不自由な農奴から見ると羨ましい存在でした。
そのため荘園の農奴達のなかには何とかして都市へ逃げ込み、自由を求め様と試みる者も多かったのです。
ドイツでは農奴が都市に逃げ込み、1年と1日経過すれば自由な身分になれるという慣習が存在しました。

 しかし、都市の自由は封建領主からの自由であって、無制限の自由ではなく、都市の内部には厳格な支配と規制が存在していました。

 自治都市は、市民が市政を運営する特権を持っていたが、市政は商人ギルドの親方層である一部の大商人に握られていました。

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鍛冶屋

 ギルドは、中世都市の商人、手工業者の同業・同職者の組合であり、同業者の共存共栄・相互扶助・市場の独占を目的とした組織です。
ギルド内では、組合員(親方)の平等は尊ばれましたが、労働時間、製品規格、品質、製造方法、価格等に様々な規制が設けられており、自由競争は禁じられ、生産統制や 技術保持が図られ、更にギルド組合員になれる資格は親方だけであり、親方の権威は絶対でした。

 手工業者ギルドは同職ギルド(ツンフト)と呼ばれ、同職ギルドでは親方、職人、徒弟の間に厳重な身分関係が保たれていました。

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マイスター:フェルディナント・ボル(1616年-1680年)画

 一人前の手工業者になるためには、まず徒弟として親方の家に住み込み、無給で7年間辛抱し、家事手伝いや仕事場の掃除その他の雑用をしながら奉公します。
この間は一切技術は教えられることは無く、この修業の後に職人と成ります。
職人になると親方から給料をもらい、ひたすら技術習得に打ち込みました。
職人として腕を磨いた後、他の親方の下で更に腕を磨き、職人の期間が終わると組合が決めた通りの製品を作成して組合に提出し、審査に合格した者のみが親方を名乗ることが可能と成りました。
しかし、人数に制限もあり親方になることは大変困難なことでした。
従って職人が親方になるために作成した製品には優れた物が多く、英語のmasterpiece(傑作の意味)は、この親方作品に由来します。
親方になるとギルドに加入し、製品販売権を持つことが出来たのでした。

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中世手工業者

 ギルドは、最初、商人ギルドで、手工業者も範疇にふくまれており、商人ギルドの運営は大商人が独占し、その彼等が市政に参加し、市政を独占していました。

 この状況に不満を持つ手工業者は、12世紀前半頃から同職ギルドを作って分離し、大商人と争いながら次第に市政への参加を実現して行きました。
この商人ギルドと同職ギルドとの対立、抗争をツンフト闘争と呼んでいます。

 13世紀中頃から各都市でツンフト闘争が展開され、それによって手工業者の親方も市政に参加できるように成りますが、この闘争は特にドイツの諸都市で激しかったのです。

 ギルドは当初、市民活動を保障し、生産面でも一定の役割を果たしていましたが、様々な統制は後に生産の発達を妨げるものとなりました。

 商工業、都市の発達に伴い、中世末期から近代初頭にかけて大商業資本家が出現し、彼等は市政を独占し、皇帝の即位さえ左右する存在に成りました。
その代表がフィレンツェのメディチ家やアウグスブルクのフッガー家ですが、両家については都市の成立の所でも触れましたので、ここでは両家を代表する二人に人物に紹介します。

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ロレンツォ・デ・メディチ

 ロレンツォ・デ・メディチ(1449年~92年)は、フィレンツェの名門メディチ家の長男に生まれ、祖父コジモ・デ・メディチや父の後を継いでメディチ家とフィレンツェ共和国の全盛期を築きました。市政では反対派を抑えてメディチ家の専制体制を樹立し、又学芸の保護に努め、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの活動を援助しています。
又彼の長男が教皇レオ10世です。

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ヤコブとシビレのフッガー夫妻

 ヤコプ・フッガー(1459年~1525年)は、アウグスブルクの金融資本家フッガー家の7男として生まれ、フッガー家の全盛期を築き、父の遺産を受け継いで東方貿易に従事し、又銀山の独占権を獲得し、ドイツ皇帝や教皇に巨額の融資を行うなど国際金融資本家として巨万の富を築きました。
このため15世紀末から16世紀の中頃迄は「フッガー家の時代」とも呼ばれます。

ジョークは如何?

マルタ島から敵イタリア基地に向って出撃したRAF(英国空軍;Royal Air Force) のパイロットが敵地で撃墜され、辛くもパラシュートで脱出したが捕虜となった。

夜となり、牢獄に入れられた彼のもとに夕食が届けられたが、これが前菜から始まって、
パスタに肉料理、食後の果物にワインまで付く不自然なまでに豪華な食事。
補給が絶たれろくな食事をしていなかったパイロットは思った。
「これが俗にいう最後の晩餐、ってやつか…」

明日は銃殺されるんだ…と思ってまんじりもせずに迎えた翌朝、彼の繋がれている
牢獄の前に階級の高そうな将校が従卒を伴ってあらわれた。
こいつが銃殺を指揮するやつなのか?と思っているとその将校が何事かを彼に向って
話し始めた。連れの従卒が通訳する。

「昨日は間違って将校である貴殿に一般兵卒の食事を出してしまった。
決して捕虜虐待のつもりはない。私の顔に免じて看守を許してやってくれないか?」


続く・・・

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