2015/06/15

歴史を歩く114

15-6西ヨーロッパ中世の文化②

2美術と文学

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ビザンツ様式:セント・ソフィア大聖堂

 中世の美術は、教会建築とそれに付随する絵画・彫刻を中心に発達しました。

 教会建築は、はじめセント・ソフィア大聖堂に代表されるビザンツ様式が模倣されていましたが、11~12世紀にかけて、ロマネスク様式が盛んと成りました。

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ロマネスク様式;ヴォルムス大聖堂

 ロマネスクとはローマ風を意味し、その特色はドーム型のアーチとその重みを支える重厚な石壁に在ります。
窓が小さい為に内部は薄暗く、広い壁面は壁画で飾られており、ピサの斜塔で有名なピサ大聖堂やヴォルムス大聖堂などがその代表例です。

 12世紀末から、教会権威の増大と新興市民階級の経済力上昇を背景として、尖塔とアーチと広い窓を特色とするゴシック様式が教会建築の主流となり、全ヨーロッパに普及しました。

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ゴシック様式:アミアン大聖堂

 ゴシック様式の普及は教会の大規模化を促し、聖堂の多くは天に向かってそびえ立つ大小の尖塔を備え、その広い窓はステンドグラスで飾られ、彫刻もロマネスク様式より写実的に成りました。
パリ・ノートルダム大聖堂、北フランスのアミアン大聖堂・ランス大聖堂・シャルトル大聖堂やドイツ最大のゴシック建築であるケルン大聖堂等がその代表例です。

 中世文学を代表する作品は騎士道物語です。
騎士道物語は英雄的騎士にまつわる伝説や騎士道を題材とし、ラテン語では無く日常語で書かれて吟誦されました。
フランスの「ローランの歌」、イギリスの「アーサー王物語」そしてドイツの「ニーベルンゲンの歌」等がその代表作ですが、これらは当初口語で吟誦され、後に文字で書かれた物語です。

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 「ローランの歌」:ローランの死

 「ローランの歌」は、カール大帝の対イスラム戦に従軍したローランの武勲と友情、恋を歌った武勲詩です。
主人公のローラン(カール大帝の甥)はカール大帝(作品中では200歳の老王として描写されています)のイスパニア遠征に従軍し、殿(しんがり)軍として引き上げる時、ピレネー山脈中ロンスヴォーでイスラム軍と戦いますが、裏切り者の為に戦死してしまいます。

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アーサー王物語:『アーサー王のアヴァロンでの最後の眠り』
 
 「アーサー王物語」は、イギリス先住民であるブリトン人(ケルト系)の伝説的英雄で、しばしばサクソン人を撃退したアーサー王と彼の宮廷に集まる円卓騎士の武勇を題材とした騎士道物語で12世紀頃に成立しました。

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ニーベルンゲンの歌;ジークフリートと妻クリームヒルト

 「ニーベルンゲンの歌」は、ジークフリートの妻クリームヒルトが、兄グンター(ブルグンド王)の臣下ハゲネに殺された、夫ジークフリートの敵を討つ為に、エッツェル(フンのアッティラ)に嫁し、グンターとハゲネを殺させて彼女も命を絶つ、クリームヒルトの復讐とブルグンド族の没落を描いた叙事詩で13世紀に完成しました。

 叉12世紀以後、南フランスの吟遊詩人(トゥルバドゥール)やドイツの吟遊詩人(ミンネジンガー)が各地を遍歴し、時には宮廷に招かれて騎士的愛をテーマにした叙情詩を歌ったのです。

ジョークは如何?

「神聖ローマ帝国」

神聖でもなければローマでもないし、帝国ですらない。


続く・・・

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