2015/07/03

歴史を歩く118

1ルネサンス④

2文学③

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 ルネサンス末期の作家としては、スペインのセルバンテス、イギリスのシェークスピアが有名です。
 
スペイン・ルネサンスの代表的な作家セルバンテス(1547年~1616年)は、マドリード近郊の貧しい外科医の子に生まれたため、正規の教育は受ける機会を与えられませんでした。

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レパントの海戦(1971年モナコ発行切手)

枢機卿の従僕と成って、ローマへ赴き、彼が24才の時レパントの海戦(1571年、スペイン・ローマ教皇・ヴェネツィア連合艦隊がオスマン・トルコ艦隊を撃破した海戦)に参加して負傷、その後帰国途上海賊に捕らわれ、5年間奴隷生活を経験します。
帰国後、スペイン無敵艦隊の食料徴発員や徴税吏と成るのですが、何らかの不手際で2回投獄され(1597年、1602年)、獄中で「ドン・キホーテ」の前編を執筆します。

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ドン・キホーテより風車への突撃

 「ドン・キホーテ」は、騎士道物語を読み過ぎて騎士になったと思いこんだドン・キホーテ(ドンは貴族の称号)が百姓の従士サンチョ・パンサを従えて遍歴の旅に出る、夢と現実を取り違えて引き起こす両者のとんちんかんな会話、行動を描くことにより、古い騎士的人物の時代錯誤のおかしさを描いた風刺小説で、近代文学の発達に大きな影響を与えました。
 
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ウィリアム・シェークスピア

 有名なシェークスピア(1564年~1616年)は、エリザベス女王時代の詩人・劇作家で、彼の作品は今日でも高く評価され、各国語に翻訳され、上演されています。

 シェークスピアは、イギリス、ストラトフォード・アポン・エイヴォン在住のヨーマン階層の家に生まれましたが、家が没落していたために学校教育も十分に受けられず、故郷を出て、ロンドンの劇団に入り(1586年)、木戸番から俳優兼座付き作者として劇作を始めます(1590年)。
以後20年間、独立の劇作家として活躍し、36編の作品を残しますが、突然筆を折り、故郷に引退し(1611年)、自適の晩年を送りました。

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夏の夜の夢・オーベロンとタイターニアの喧嘩

 作品の中では、「ハムレット」・「オセロ」・「リヤ王」・「マクベス」の四大悲劇をはじめ、「ロミオとジュリエット」・「ヴェニスの商人」・「ジュリアス=シーザー」・「アントニーとクレオパトラ」・「ヘンリ6世」・「リチャード3世」・「真夏の夜の夢」・「ウインザーの陽気な女房たち」等、史劇や喜劇等その作品は多方面にわたっています。

番外編<シェークスピアは実在したのか>

 嘗て、インドが大英帝国最大の植民地で在った頃、「インドは失っても、シェークスピアは失いたくない」とイギリスでは、云われていました。 

 さて、この世界的に有名なシェークスピアの生い立ちが、実際の処、良くわからないのです。

 1964年4月は、「シェークスピア生誕400年祭」がイギリスで行われ、記念行事も多数開催されました。
シェークスピアは1564年4月23日に生れ、1616年4月23日に死去した事になっています。
しかし、実際には、彼の生没は、きっちりと判明している訳ではなく、彼が生れたとされる、ストラトフォード・アポン・エイヴォン市の教会には、1564年4月26日に洗礼を受けた記録が、存在していますが、キリスト教では、生後まもなく洗礼を受けてキリスト教徒に成りますので、誕生は多分洗礼を受けた日から、それ程遠くない日であると推定され、更に没年月日が極めて近い為、同月日にされた(!)らしいのです。

 現在判明している、彼の生い立ちでは、実家は皮細工商で、父親は一時町の名誉職に就きましたが、稼業に失敗し、其の為シェークスピアは、学校教育もまともに受ける事が出来なかったと伝えられています。

 処が、彼の作品はどれも、相当の教育を受けた、ギリシア、ローマの古典にも通じた人物でなければ、書く事が出来ない様に見受けられます。
その為、「“ストラトフォード・アポン・エイヴォン”で生れたシェークスピアと多くの作品を残したシェークスピアは別人で在り、他の人物が彼の名前を借りて、是等の作品を書いたのだ」と云われ、一部には、哲学者フランシス・ベーコンの名前や、劇作家マーローの名前さえ称えられた事が在りました。
今から50年以上前に成りますが、とある人物が、劇作家マーローの墓所を調査すれば、本当は、マーローがシェークスピア劇を書いた事を証明できるとして、イギリス政府の許可を取り(!)彼の墓所を調査しましたが、証拠の発見には至りませんでした。

 又、シェークスピアは短詩(ソネット)も書いていますが、「これらの作品等は、国王ジェームズ一世の宮廷に仕えていた人物で無ければ、書く事は不可能で、常に創作活動を行い、劇場に出入していた人物が書いたとは思えない」と詩人で文学博士のブランデン氏が述べた事が在ります。
実在を疑われた、著名人は“キリスト”“マホメット”“釈迦”等多数存在しますが、シェークスピアの様に、比較的時代が新しい人物で、その実在を疑われている事は、珍しいと思われます。

 現在でも多くの専門分野の方々が、シェークスピアについて、文献を著していますが、基本部分として、彼の伝記が明確でない事に起因しているのです。
何時か、これ等の疑問に答える、明確な当時の文献が発見され、謎が謎で無くなる時が来るでしょうが、例え本当の作者云々が無くても、シェークスピア劇の面白さ、巧妙さは、色あせません。

ジョークは如何?

ユーゴスラビアに共産政権が生まれた時、スターリンはお祝いに 自動車をチトーに送った。
チトーは自分で運転し、交差点に差し掛かると左のウインカーを点滅させながら右にハンドルを切った。

キューバで共産政権が生まれた時、フルシチョフはお祝いに自動車をカストロに送った。
するとすぐに電報がフルシチョフの元に届いた

「送られた自動車にはハンドルが無い。至急送られたし。」

それに対するフルシチョフの返事は
「君はアクセルを踏め。私がハンドルを握る」

2015年、キューバ、アメリカ国交回復


続く・・・
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コメント

非公開コメント

秋葉奈津子様こんばんは。

「おきてがみ」がクリックしても機能しませんので、コメント欄から送らせていただきました。
私のPCの不具合のようです。
色々試しているのですが復旧しません。

ohayougozaimasu.

秋葉奈津子様 おはようございます。

「おきてがみ」復旧しないのでこちらからご挨拶です。

昨夜からの雨は止み少しは晴れ間が出てくれるでしょうか。
当分梅雨空が支配しそうな天気予報でした。

おきてがみが作動しません。

秋葉奈津子様 こんばんは。
 
いつもありがとうございます。
「おきてがみ」復活するまでこちらからご挨拶にお伺いします。
何故作動しないのか調べています。
申し訳ありませんがこちらからお伺いします。