2015/10/16

歴史を歩く144

19 絶対主義国家の盛衰④

4 イギリスの興隆

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テューダー朝の家系図

 イギリスは、ばら戦争後、テューダー朝(1485年~1603年)のヘンリ7世(在位1485年~1509年)の時代に王権が強化され、絶対主義の基礎が固められました。
次いで宗教改革を行ったヘンリ8世(在位1509年~47年)によって王権はさらに強化され、エリザベス1世(1533年~1603年、在位1558年~1603年)の時代にイギリス絶対主義は全盛期を迎えます。

しかし、イギリスの絶対主義は フランスに比べ、強力な官僚制や常備軍が整備されず、州の有力者であるジェントリ(地主階級)の勢力が強かったのです。

 エリザベス1世は、ヘンリ8世の第2王妃アン・ブーリンの子として生まれましたが、3歳の時に母が刑死したため、以後メアリ1世によってロンドン塔に幽閉される等苦難の時代を送りますが、ヘンリ8世の遺言によってエドワード6世、メアリ1世に次ぐ王位継承者となり、メアリ1世の死によって、25歳で即位します。

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即位以前のエリザベス・チューダー

 エリザベス1世は、即位の翌年(1559年)に首長法(首長令)・統一法(統一令)を発してイギリス国教会制度を確立しました。
又その頃イギリスの国民的産業になっていた毛織物工業を保護・育成し、大商人に独占権を与えて国家財政の充実に努め、更にエリザベス1世は私拿捕船(しだほせん、商船捕獲の特許を受けた民有武装船、一般に知られる海賊船)を保護し、ホーキンズやドレーク等を援助しました。
私拿捕船は、新大陸のスペイン植民地と密貿易を行い、新大陸から大量の銀を本国に運ぶスペインの銀船隊を襲撃して巨利を得るのですが、スペインのフェリペ2世は私拿捕船の取り締まりを女王に再三要請するのですが、女王はこれを無視し続けます。

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エリザベス1世よりナイトに列せられるフランシス・ドレイク

 ドレーク(1543年頃~96年)は、有名なイギリスの海賊で後にイギリス海軍提督となった人物ですが、ホーキンズ(イギリスの海賊、黒人奴隷貿易で巨富を得た、後にイギリス海軍提督となる)の船団に参加し、私拿捕船の船長として各地を航海しました。
エリザベス女王から特許状を得て、女王の援助のもとに5隻の船団を率いて西回り航路に出発し、2年10ヶ月費やしてイギリス人としては初めて世界周航(1577年~80年)に成功しました。
途中至る所でスペイン船を襲って莫大な財宝を満載して帰国し、女王からサーの称号とナイトの位を与えられ、後にホーキンズと共にスペイン無敵艦隊撃滅(アルマダの海戦)に大活躍します。

 又エリザベス女王は当時起こったオランダ独立戦争を援助した結果、スペインのフェリペ2世はイギリス国内のカトリック教徒と図りメアリ・ステュアートの擁立を画策します。

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死刑宣告を受けるメアリ・スチュアート 
 
 スコットランド女王メアリ・ステュアート(1542年~87年、在位1542年~67年)は、父王の死によって生後6日で王位に就き、フランス王フランソワ2世と婚約し(1548年)、10年間フランスの宮廷で養育された後に結婚しました(1558年)。
しかし、夫が早世したために帰国し(1561年)、カトリック教徒のダーンリ卿と再婚し(1565年)、これに反対した新教貴族を弾圧し、その後夫を暗殺したボスウェル伯と結婚したために(1567年)、国内で反乱が起こり、子のジェームズ6世に譲位しますが監禁され、翌年脱出してイングランドに逃亡してエリザベス1世に保護を求めますが、かってエリザベス1世即位の際に王位継承権を主張して対立したこともあり、エリザベス世によって19年間にわたり監禁され、各地を転々とした後、彼女はカトリックの中心人物とみなされていたことから、カトリック教徒による女王暗殺の陰謀に加担したとの疑いで斬首されました(1587年)。
このメアリ・ステュアートの処刑がフェリペ2世による無敵艦隊派遣の直接原因となったのです。

 フェリペ2世は、1588年に無敵艦隊をイギリスに向けて出動させますが、イギリス海軍はアルマダの海戦(1588年)で無敵艦隊を撃破し、以後イギリスが海外に発展していく道を開きます。

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船乗りの冒険談に聞き入る少年時代のウォーター・ローリー(左の少年)

 エリザベス女王は多くの独占貿易会社を設立しましたが、特に1600年に設立された東インド会社は喜望峰からマゼラン海峡に至るアジア全域での貿易独占権を与えられた国策貿易会社で、イギリスのアジア進出、特にインドへの進出及びその植民地化に重要な役割を果たすことに成ります。
又新大陸へも進出し、寵臣ウォーター・ローリー等はイギリス北米最初の植民地であるヴァージニア植民地(「処女王」と呼ばれたエリザベス女王にちなんで命名された)を創設しますが失敗に終わっています。

 45年間にわたるエリザベス1世統治時代に、イギリスはそれまでの二流国からヨーロッパの強国に成長し、イギリスは繁栄期を迎えました。

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エドモンド・スペンサー

 この繁栄を背景に、シェークスピアやエドモンド・スペンサー(イギリスの代表的な詩人の一人)等が活躍します。

 エリザベス1世は、「私は国家と結婚している」と述べて、各国君主の求婚を全て退けて生涯独身を貫いたので「処女王」と呼ばれ、その結果エリザベス女王が崩御すると同時にテューダー朝は断絶し、遠縁にあたるスコットランドのジェームズ6世(イギリス王としてはジェームズ1世)がイギリス王位を兼ねてステュアート朝(1603年~49年、1660年~1714年)を開きます。

ジョークは如何?

1920年、英国の自由党と保守党の戦時連立政権は議会で勢力を保っていた。
ある自由党議員が労働党に鞍替えしたとき、チャーチル(保守党)はこう言った。

「沈みつつある船に向かって泳いでいくネズミというのを初めて見たよ」


続く・・・

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コメント

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秋葉奈津子様 こんばんは。

昨日は急用で訪問できず申し訳ありませんでした。

今日も行楽日和の良い天気です。
亀岡市の夢コスモス園に行ってきました。

コスモスも何種類かあるようです。
風になびくコスモスが青空の下映えていました。

来週も良い天気のようですね。

秋葉奈津子様 おはようございます。

おはようございます。
今朝は冷え込みが和らいだようで、
昼の気温も26℃の予報です。
一日に10℃以上の高低差があるので
体調維持が難しいですね。

やっと東の空が明け始めました。
今週も宜しくお願いします。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

10月19日、月曜日のご挨拶です。

氏神様の秋祭りも無事に終わりました。
土曜日、日曜日と日中は、汗ばむ程の陽気で、準備した飲料も食事も何一つ余ることなく無くなりました。

今回、公民館に保存されている、昭和初期から昭和40年代の写真を観る機会に恵まれました。
昭和初期、田畑の中にポツンと在る社と鎮守の森が、少しづつ家々に囲まれていく姿を実感しました。
特に昭和40年代は、懐かしい顔が沢山で当時を思い出したものです。

今日から普段の毎日が始まります。

秋葉奈津子様 こんばんは。

昼間は汗ばむ夏日が続いています。
それでもソメイヨシノが真っ赤な葉を落としだし、
銀杏の葉は黄色に染まり、
少しずつ紅葉の時期が来たことを告げているようです。

とにかく京都市内を歩くと、
周囲は異国の言葉が飛び交っています。
英語や中国、韓国語は大体想像つくのですが、
それ以外はどこの国か判明しません。

それほど観光客が多くなりました。

秋葉奈津子様 こんばんは。

こんばんは。
昨年に比べて今年はまだ暖かい気がします。
暖冬の気配ですがいざとなると厳しい寒さかもわかりません。

秋の味覚の秋刀魚は例年の半分ぐらいの漁獲量との報道がありました。
庶民の味覚が高嶺の花になると困りますが。
丹波松茸も高すぎてとても手に届きません。
何もかも値上がりの秋のようですね。

秋葉奈津子様 こんばんは。

いつもありがとうございます。
曇り空のもとで時代祭りが行われました。
明治維新からさかのぼり平安時代までの衣装行列でした。
京都御所を出て平安神宮まで4時間ほどかけての行列です。

夜は鞍馬寺の火祭りで秋の大きな祭りは終わるようです。
10月も下旬に入り、時が瞬く間に過ぎてゆきます。
早すぎる感じがします。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

10月23日、金曜日のご挨拶です。

今度25日が応援出勤なので、今日、明日はお休みを頂きました。
良いお天気なので、ラッキーな気分です。

昨晩か今日の深夜にかけて、オリオン座流星群が観れるかと思ったのですが、月の光に邪魔されて無理でした。

今、人類の観測史上最大と云われる小惑星が、時速12万6千kmで地球に接近しています。
今回の大接近は日本時間で11月1日0時14分とのことですが、衝突の心配は無いとのこと。
地球よりも月に29万km迄接近するそうです。
地球と月の距離は平均38万kmなので、それよりも10万kmも近いコースを通過します。
宇宙の広さを実感する話題です。