2015/11/09

歴史を歩く149

19 絶対主義国家の盛衰⑨

7 プロイセンとオーストリア②

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アーヘンの和約を祝う花火

 アーヘンの和約では、原則として全ての占領地を相互に返還し、オーストリアは国事詔書とマリア・テレジアの夫のフランツ1世の帝位承認の代わりにプロイセンにシュレジエンを割譲します。

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ロシア・ロマノフ朝皇帝エリザヴェータ

 その後、マリア・テレジアは、シュレジエンの奪回とフリードリヒ2世に対する復讐を決意し、国力の充実をはかり、行政・司法・軍事などの改革を進めるとともに、活発な外交工作を展開し、プロイセン包囲網を構築するためにロシア・フランスに接近していきます。

 ロシアとの間にはすでに同盟が成立していた(1746年)のですが、フランスとの同盟は、ハプスブルク家のオーストリアとブルボン家のフランスが200年以上にわたって覇権を争ってきた宿敵であったために交渉は難航した末に、1756年5月にやっと成立を果たします。
このことはヨーロッパの外交における一大変化で、この宿敵ハプスブルク家とブルボン家の提携は「外交革命」と呼ばれています。

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外交革命時のヨーロッパ同盟関係図

 オーストリアの復讐戦が避けられないと考えたフリードリヒ2世は、フランスと敵対しているイギリスに接近し、イギリスの援助を取り付け(1756年1月)、機先を制してザクセンに先制攻撃をかけ(1756年8月)、ここに七年戦争(1756年~63年)が始まりました。

 オーストリア・フランス・ロシアというヨーロッパの3強国を敵として戦わねばならなくなったプロイセンは、緒戦で敗走しますが、その後フランス・オーストリア(1757年)に、更にロシアに勝利し(1758年)、一時フリードリヒ2世の名声は高まります。
しかし、59年にロシア・オーストリア連合軍に大敗、ロシア軍によって一時ベルリンを占領される(1760年)など絶望的な危機に陥ります。
フリードリヒ2世は毒薬を身につけて戦場に臨みながら苦境に耐えていた時、思いがけない出来事が彼を苦境から救います。

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ピョートル3世

 1762年1月にロシアで女帝エリザヴェータが崩御、ピョートル3世が即位し(在位1762年)、ピョートル3世はドイツ出身で、生来病弱・低能で、フリードリヒ2世を崇拝し、彼に心酔していた人物です。
そのため即位すると周囲の反対を押し切ってロシア軍を召還し、プロイセンと単独で講和条約を結び(1762年5月)、続いて同盟を締結します。

 この出来事によって窮地に陥っていたフリードリヒ2世は急転直下、オーストリア軍を撃破してシュレジエンを奪回し、更にフランス軍をライン左岸に撃退します。

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ツォルンドルフの戦い・七年戦争中最大の激戦1758年の8月25日

 マリア・テレジアも、オーストリア単独でプロイセンを屈服させることは不可能であると考え、1763年にフベルトゥスブルク条約を結び、プロイセンのシュレジエン領有を最終的に認めて、七年戦争が終結しました。

 この間、イギリスとフランスは、北米とインドで植民地をめぐって激しく争い、北米のフレンチ・インディアン戦争(1755年~63年)でもイギリスが勝利し、1763年にパリ条約が結ばれました。

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フレンチ・インディアン戦争

 フリードリヒ2世は、この二つの戦争によって、プロイセンを一躍ヨーロッパの強国の地位に高め、彼は若い頃からフランスの啓蒙思想に親しみ、フランスの哲学者ヴォルテールと文通し(1736年~)、また『反マキャヴェリ論』(1739年)を著し、その中で「君主は国家第一の僕(しもべ)」という有名な言葉を残し、啓蒙専制君主の典型とされています。
宗教的寛容政策や産業の育成・司法の改革などを行っていますが、最も力を注いだのは国家財政の充実と軍備の増強であり、彼の政治の目標は後進国の上からの近代化で、その本質は専制政治でした。

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第2次ウィーン包囲

 一方、オーストリア(オーストリア・ハプスブルク家領)は、17世紀にオスマン・トルコの第2次ウィーン包囲を撃退し(1683年)、カルロヴィッツ条約(1699年)を結んでハンガリーとその周辺を確保し、オーストリアはドイツ人・マジャール人(ハンガリー)とチェック人(ベーメン)などのスラブ系諸民族を含む複合民族国家を形成することになりました。
又スペイン継承戦争によってスペイン領ネーデルランド・ミラノ・ナポリ・サルデーニャを獲得します。

 カール6世(在位1717年~40年)の死後、ハプスブルク家を相続したマリア・テレジアは、プロイセンとの戦いでシュレジエンを失うものの、第1次ポーランド分割(1772年)に参加して領土を拡大しました。
彼女は16人の子供に恵まれ、良き母・良き妻であると同時に男勝りの女帝でした。
マリア・テレジアは、夫フランツ1世(在位1745年~65年)の死後は、長子ヨーゼフ2世と共同でオーストリアを統治します。

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ヨーゼフ2世

 ヨーゼフ2世(在位1765年~90年)は、母の死後ようやく親政を始め(1780年)、若い頃にフランス啓蒙思想の影響を受けたヨーゼフ2世は啓蒙専制君主としてオーストリアの近代化に努め諸改革を実施しました。

 彼は、農奴解放(1781年)や宗教寛容政策、更に商工業の保護育成や学校・病院の建設なども行いますが、改革が急進的であったために貴族や領内の異民族の強い反抗にあって成果をあげることが出来ず、墓誌に「善良なる意図にもかかわらず、何事にも成功しなかった人ここに眠る」と彫らせています。

ジョークは如何?

ルーマニアの洪水では欧米や日本、ロシアからの援助があった。

米国からのドルは道路を復旧させた。
日本からの円は新しい橋になった。
ロシアからのルーブルは尻ふき紙になった。


続く・・・
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コメント

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秋葉奈津子様 こんばんは。
昨日に続いて今日も雨です。

雨の日は何となく気分はネガティーブです。
雨と風で落ち葉は彷徨っています。

どこに落ちて落ち着こうかと?
落ち葉は風と雨のバランスシートの上で彷徨っています。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月10日、火曜日のご挨拶です。

雨の降りやすいお天気が続いています。
木々の紅葉も足踏みですが、流石に雨が続いても雑草の伸びは、殆んど在りません。
何時の間にか、虫達の音色も聞こえなくなりました。

椿の花が咲き、地面に赤や白の花びらが沢山落ちています。
庭の掃除もしなければと思うのですが、雨では致し方在りませんね。

秋葉奈津子様 こんばんは。
今日は北風が吹いて寒さが戻ってきました。
明日からは又寒い日が続きそうです。

こちらでは本格的に紅葉が見られるようになり、どこも人であふれています。
今年は特に外国人が多いですね。
ここは日本だろうかと考えるような異国の言葉が飛び交っています。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月11日、水曜日のご挨拶です。

お天気は回復し、晴天の朝を迎えています。
昨日は、北西の風が吹き、屋外では寒さを感じる1日でしたが、これが11月の本当の気候と思います。

桜等の落ち葉が一段と増え、橙の実も少しづつ大きく成っています。
此れから鍋物等暖かい色時が嬉しい季節に成りました。

秋葉奈津子様 こんばんは。
昨夜から寒さが厳しくなり本格的な冬到来のようです。

ほんとうにこれからは温かい鍋物が美味しい季節になり酒も一段と進むでしょう。

ふぐやアンコウにたら、カワハギ、蟹鍋など沢山ありすぎて胸がわくわくします。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月12日、木曜日のご挨拶です。

周囲の山々で、赤く紅葉した木々が、ポツリポツリと目に付く様に成りました。
夕日に照らされ時、その赤い色が、一段と引き立って見えます。

ジロくんの散歩道も落ち葉が増えて、歩く度にカサカサを音が聞こえます。
この乾いた音を聞くと何時も季節の移り変わりを感じてしまいます。

仕事場で消防避難訓練がありました。
1Fから7Fまで駆け上がるのに参りました。
でもいざと言う時に役立ちますので我慢でした。

秋葉さんの所もあるのではないでしょうか。
走り回るのはしんどいですね。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月13日、金曜日のご挨拶です。

天気予報の通り雨に成りました。
昨晩のジロくんの散歩の時は、やや雲が多いものの良いお天気でした。

冬枯れには早いですが、木々の間が開き始め、背景が見える様になってきました。
夏に強い陽を遮ってくれた葉も少しづつ減っています。
ナンテンの赤い実が、目にも鮮やかに写っています。