2015/11/15

歴史を歩く151

19 絶対主義国家の盛衰⑩

8 ロシアの台頭②

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ネルチンスク条約で確定したロシア・清国境

 ロシアは東方ではシベリア経営を押し進め、アムール川(黒竜江)流域まで進出し、1689年に清の康煕帝との間にネルチンスク条約を結び、アルグン川とスタノヴォイ山脈(外興安嶺)をもって両国の国境を画定し、両国の通商などを取り決めました。

 ピョートル1世は、ボートが沈み溺れそうになった兵士を救おうとして極寒の河に飛び込み、その結果、風邪から病状が悪化し急死します(1725年)。

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エカチェリーナ1世

 ピョートル1世の崩御の後、皇后エカチェリーナ1世(イギリス生まれ1725年~1727年)が即位しましたが、ピョートル1世が後継者を決めること無くに亡くなったため、彼の死からエカチェリーナ2世の即位迄の37年間に帝位継承をめぐって、6回の宮廷クーデターが起こり、3人の皇帝と3人の女帝が交替しました。

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エリザヴェータ(在位1741年~1762年)

 ピョートル1世から数えて5人目の皇帝には、彼の娘のエリザヴェータ(在位1741年~1762年)が即位し、彼女の治世にロシアは七年戦争に参戦し、ロシア軍は一時ベルリンを占領します(1760年)。
エリザヴェータは、生涯独身を通して子供がおらず、帝位に就くとドイツのホルシュタイン公に嫁した姉の子ピョートルを養子とし、そのピョートルがエリザヴェータの死後、ピョートル3世として即位します。

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ピョートル・フョードロビッチ大公,後のピョートル3世

 ピョートル3世(在位1762年)は、生来病弱・低能で奇行が多く、フリードリヒ大王を崇拝し、成人になっても彼の真似は治まらず、即位すると周囲の反対を押し切ってプロイセンと単独で講和条約を結び、更にプロイセンと同盟を結んでフリードリヒ大王の危機を救いますが、まもなく起こった近衛軍によるクーデターによって廃位され、皇后のエカチェリーナ2世が即位します。
ピョートル3世はクーデター後幽閉され、1週間後に暗殺されています。

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男装近衛騎兵服姿のエカチェリーナ
  
 エカチェリーナ2世(1729年~96年、在位1762年~96年)は、ドイツの小邦アンハルト・ツェルプトス公の娘に生まれ、後のピョートル3世と結婚して(1745年)一男を生みますが、幸せとは言えない結婚生活の中でも読書、修養を怠らず、1762年のクーデターによって夫ピョートル3世を廃して(のち殺害)即位しました。

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エカチェリーナ2世

 エカチェリーナは、ヴォルテールとも文書を交わし、啓蒙専制君主をもって任じ、この思想に基づいて多くの改革を行いましたが、農奴制はエカチェリーナの時代にかえって強化され、農奴の貢納・賦役はますます重くなり、農奴の売買も地主貴族の意志にまかされ、逃亡農奴に対しては殺人以外は如何なる刑罰を課すことが出来たのです。
こうした状況の中でプガチョフの反乱(1773年~75年)が起こります。

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プガチョフ

 プガチョフ(1724年頃~75年)は貧しいコサック農民で、兵士として従軍したものの脱走し、追われる身となって各地を放浪しました。
1773年、コサックの農民反乱の指導者となり、ピョートル3世が生存していると云う噂を利用してピョートル3世と称し、農奴解放を宣言し、逃亡農奴やウラルの鉱山労働者も加わった結果、反乱軍は74年には5万の大軍となり、反乱はヴォルガ全域からウラルに迄拡大します。
反乱軍はモスクワに進撃する動きを見せましたが、政府軍に敗れ(74年)、プガチョフは逃亡中に味方の密告で逮捕され、モスクワに送られて車裂きの刑に処せられました。

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農奴の売買

 プガチョフの反乱鎮圧後、エカチェリーナは反動化し、農奴制は更に強化され、貴族の特権も拡大強化され、改革主義者は弾圧されました。

 対外的には、2回にわたるオスマン・トルコ帝国との戦い(1768年~74年、1787年~92年)でドニエプルの下流地帯とクリミア半島を獲得して黒海北岸に進出を果たしました。

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大黒屋光太夫

 東方ではオホーツク海に進出し、千島を占領し、カムチャッカに漂着した大黒屋光太夫(おろしや国酔夢譚の主人公)の送還を兼ねてラクスマン(1766年~?、ロシアの軍人)を根室に派遣しました(1792年)。
ラクスマンは翌93年には箱館に来航し、幕府の役人に国書を手渡して通商を求めたが拒否されて帰国します。

 更に西方では3回にわたるポーランド分割(1772年、93年、95年)で中心的な役割を果たし、ポーランドの東半分を獲得し、西方に向かって大きく領土を拡大したのでした。
 
ジョークは如何?

国外を旅行したい若者が、党員、スポーツ選手、軍人に相談した。

共産党員「ぜひ党で働きたまえ。社会主義友邦を訪問する機会が得られよう。」
スポーツ選手「選手になりたまえ。4年に1度、オリンピックで海外に行ける。」
軍人「兵士になりたまえ。12年に1度、戦車で国外に出られる。」

※補足
(1944年 独ソ戦でソ連猛反撃)
(1956年 ハンガリー動乱)
(1968年 プラハの春)
(1980年 アフガニスタン内戦本格化)

続く・・・
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コメント

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秋葉奈津子様 こんばんは。
いつもありがとうございます。
暑いのか寒いのか一日の寒暖の差が激しく良くわかりません。
と言いながらも冬に近ずいて居るのでしょう。

京都の有名寺院は秋のライトアップですごい観光客です。
仕事休みの時に私も紅葉を見つけに行こうと思っています。
あまり知られない所を探して来たいと思います。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月17日、火曜日のご挨拶です。

昨日の快晴は、お昼迄で終わりました。
今日の朝は、雲り空に戻っています。
天気予報は又雨とのことで、些かうんざりです。

気温は高めで、日中はブラウス1枚でも大丈夫、夜のジロくんの散歩も薄い上着で十分な位、暖かい毎日です。

今週は、連休が店舗応援なので、木曜日、金曜日にお休みを取りました。

秋葉奈津子様 こんばんは。
この所雨の日が多くなりましたね。
紅葉を写真に収めたいのですが、
晴れの日と休みが合いません。

きれいな色の葉が雨で落ちて
道端に彩を添えています。
見に行く前に落ちてしまいそうです。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月18日、水曜日のご挨拶です。

昨日からの雨が、続いています。
お蔭で、気温は高く過ごしやすい毎日ですが、散歩に行けないジロくんは、少々ストレスが溜まっている様子です。

勤務先の桜並木が、黄色く成り、落ち葉も多く成りました。
毎年、春の新緑と満開の花、夏は青々とした木陰とセミの声、秋は紅葉と季節の移り変わりを感じさせてくれる、場所です。

秋葉奈津子様 こんにちは。
雨が良く降りますね。
晴天続きの反動でしょうか?
九州の南部はすごい雨降りのようですね。
被害が出ないことを祈ります。

長雨になれば紅葉も見所がなくなってしまいます。
京都は人ばかり多い今の時期です。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月19日、木曜日のご挨拶です。

休日1日目、良いお天気に恵まれています。
高い処を羊雲がゆっくりと流れています。
ジロくんの散歩も3日ぶりですが、散歩に行けなかった犬たちも多かった様子で、沢山の犬さんに出会いました。

月半ばの会計処理も無事終わりましたが、年末調整の方は、遅々として進まずです。
今年は、マイナンバーの問題もあったりで大変です。

取敢えず2日間は、気分転換のつもりで休みます。

秋葉奈津子様 こんばんは。

雨は上がりましたが、一日中曇り空の天気でした。
そして夕方から急に冷え込んできました。
暦の上では寒くて当たり前なのですが、
今年は暖冬のようですね。

道端の落ち葉が多すぎて、
絨毯になり人々を癒しています。

もう11月半ば過ぎてしまいました。
もう年末間近かで何となく気ぜはしい感じです。
近くのスーパーなどでは
おせち料理の広告が一杯出ています。
年末商戦真っ最中と言う所でしょうか。

秋葉奈津子様 おはようございます。

野球の侍ジャパン逆転負けで非常に残念です。
大谷投手の調子が良すぎて救援陣が油断したようです。

曇り空が続いて気分が晴れませんね。
秋空のスッカットした青空がそろそろ欲しいものです。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月20日、金曜日のご挨拶です。

雲の多い1日に成りそうです。
昨日も晴れたのは、午前中だけで、お昼前には雲が広がりました。
中々、陽の光を浴びる様な天候には、程遠い様子です。

中学生、高校生の頃、雲の多いお天気が続くと何か気分が、憂鬱になったものでした。
当時は、教室に暖房設備等一切無かったので、朝教室に入ると室内の空気を余計に冷たく感じたものです。

当時に比べると、近年は本当に暖かく成ったと思います。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月21日、土曜日のご挨拶です。

今日から3連休の皆さんも多いと思いますが、天候も西日本では先ず先ずの様子ですね。

私は今日から店舗の応援に入ります。
お休みは火曜日と水曜日に頂きます。
今回、応援する店舗は、開店以来初めてのリニューアルを行った店舗なので、期待しています。

椿の花が満開に成り、気づくと地面にも花びらが沢山落ちています。
間も無く「小雪」ですが、全く寒い感覚は在りません。

良い連休が皆さんに訪れます様に。

葉山左京様、おはようございます。

おはようございます。

11月22日、日曜日のご挨拶です。

夜明けが遅いですね。
今も外は、真っ暗ですが、暖かい朝を今日も迎えました。

昨日、お昼の休憩時間、車のシートを倒して空を眺めていると、色々な種類の大小様々な鳥達が、群れをつくって飛んで行きました。
一羽のリーダーに従う姿は、本能とは言え綺麗な姿でした。

今日は、応援2日目。
今日からは、慣れた何時もの店舗での応援です。