2016/09/24

歴史を歩く212

30 自由を求めて⑧

5社会主義思想の成立

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労働運動の激化

 産業革命によって大量の労働者が生み出されました。
彼等は資本家の利潤追求の犠牲となり、低賃金で長時間働かされ、貧困に苦しみ、悲惨な生活を送っていた彼等は、生活改善のために団結して労働運動を起こすようになりますが、イギリスでは、1799年・1800年に団結禁止法が制定され、違反者は投獄等に処せられます。

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ラダイト運動

 労働者や手工業者等は当初、その生活が苦しい原因は新しく発明された機械にあると考え、機械打ち壊し運動を起こします。
1811年~17年に、イギリス中・北部の織物工業地帯で起こった機会打ち壊し運動は、伝説的な人物ラッドに因んでラダイト運動と呼ばれましたが、政府によって厳しい弾圧を受けます。

 1824年に団体禁止法が撤廃されると、多くの労働組合が結成され、労働運動の主体と成り、その当時イギリスで労働運動に大きな影響を及ぼした人物が、ロバート・オーウェンです。

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ロバート・オウエン(Robert Owen, (1771年5月14日 - 1858年11月17日)

 ロバート・オーウェン(1711年~1858年)は、徒弟奉公から身を起こして紡績工場の支配人となり、ついでスコットランドのニュー・ラナーク紡績工場で経営者に成りました。
この工場で利潤の追求よりは労働者の生活改善・幼少年の教育・福祉の向上に努め、更に私財を投じてアメリカのインディアナ州に「ニュー・ハーモニー」村を建設して共産主義的な協同社会の建設を試みましたが(1825年~29年)その運営に失敗し、全財産を失って帰国します。

 帰国後は全国労働組合大連合の結成(1834年)に努力しますが、政府の弾圧と内部分裂によって数ヶ月で崩壊すると、チャーティスト運動等からも離れ、貧窮のうちに没します。
この間、社会環境の改善による人間性の改善を提唱し、工場法の制定にも尽力したのです。

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若年労働者

 工場法は、年少労働者の労働条件を規制した法律で、1802年の幼年徒弟の労働時間を12時間に制限した法律が最初の工場法と云われ、1819年の工場法は、オーウェンの尽力で制定され、9歳以下の雇用禁止・10歳~16歳の12時間労働が規定されましたが、この工場法で9歳以下の雇用が禁止されたことは、それ迄9歳以下の多くの子供が雇用されていたことを示しています。

 そして、1833年の工場法で、9~13歳の9時間労働・18歳以下の12時間労働や工場監督官制(工場法が守られているかどうかを監督する制度)が規定され、更に1847年には婦人・児童の10時間労働が定められ、労働者の労働条件は次第に改善されていきました。

 オーウェンと同じ頃、フランスではサン・シモンやフーリエ等も労働者を保護する新しい社会秩序の建設を説いていました。

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サン=シモン伯爵クロード・アンリ・ド・ルヴロワ(Claude Henri de Rouvroy、Comte de Saint-Simon、1760年10月17日 - 1825年5月19日)

 サン・シモン(1760年~1825年)は、パリの貴族に生まれ、16歳で軍隊に入隊、アメリカ独立戦争に義勇兵として参加し、フランス革命によって全財産を没収されましたが革命を支持し、革命後は人々が自由に能力を発揮できる平等な社会の実現を説きますが、彼自身晩年は貧窮に苦しみました。

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フランソワ・マリー・シャルル・フーリエ(Francois Marie Charles Fourier、1772年4月7日 - 1837年10月10日)

 フーリエ(1772年~1837年)は、富裕な毛織物商人の家庭に生まれ、少年時代から商業に携わりヨーロッパ各地を巡り、その体験に基づいて資本主義を批判し、「ファランジュ」と呼ばれる協同組合的な理想社会の実現を図りますが失敗し、彼も貧窮のうちに没しています。

 ロバート・オーウェン、サン・シモン、フーリエ等は、人道主義的な立場から理想社会の実現をめざしますが、その理論は現実社会の分析が不十分で、理想社会実現の方法が空想的であった結果、マルクスやエンゲルスは「空想的社会主義」と呼んで批判し、自分達の思想体系を「科学的社会主義」と称しています。

 フランスではサン・シモン、フーリエに続いて多くの社会主義思想家が現れます。

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ルイ・ブラン(Louis Blanc, 1811年10月29日 - 1882年12月6日)

 ルイ・ブラン(1811年~82年)は、生産の国家統制を主張し、二月革命後の臨時政府に参加し、国立作業場(国立工場)の設置に尽力します。

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ピエール・ジョゼフ・プルードン(Pierre Joseph Proudhon ・1809年1月15日-1865年1月19日)
『プロウドンと子供たち』


 プルードン(1809年~65年)は、その著『財産とは何か(所有とは何か)』(1840年)で「財産、それは窃盗だ」と述べ、私有財産制を批判して有名に成り、私有財産制と共に国家の廃止をも主張しましたが、社会問題の解決を相互扶助に求めています。
又彼の思想は無政府主義に大きな影響を与えたのです。

 ドイツのマルクスやエンゲルスは、オーウェン等の空想的社会主義を批判し、科学的社会主義を唱え、資本主義の没落と社会主義社会の実現を科学的に論証しました。

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カール・ハインリヒ・マルクス(Karl Heinrich Marx、1818年5月5日 - 1883年3月14日)

 マルクス(1818年~83年)は、ライン州トリールでユダヤ人弁護士を父として生まれ、ボン、ベルリン大学で法律を学ぶと同時に、歴史や哲学にも熱中しました。
卒業後、『ライン新聞』の編集長となり、貧困や抑圧に苦しむ労働者や農民に接する中で、当時のドイツ社会への批判を強めて行きますが、その結果、新聞は発禁処分となり、彼はパリに住まいを移します(1843年)。

 その後、ブリュッセル、ロンドンで共産主義運動を始め、ロンドンでドイツ移民を中心に「共産主義者同盟」が結成されると、その綱領の執筆を依頼され(1847年)、エンゲルスと共同で『共産党宣言』(1848年2月発表)を起草しました。

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ドイツ三月革命

 1848年に、フランスで二月革命・ドイツで三月革命が起こると、パリを経てケルンに帰り、『新ライン新聞』の主筆として活躍しましたが、革命の失敗後パリを経てロンドンに亡命し(1849年)、終生をここで過ごします。

 ロンドンでは苦しい亡命生活を余儀なくされ、すさまじい貧困に苦しめられましたが、この苦境のなかにあったマルクスを物心両面から援助したのがエンゲルスでした。
マルクスは大英博物館に通って研究に打ち込むとともに、国際的な労働運動の指導に尽力し、第1インターナショナル(1864年~76年)の設立にも関わり、その創立宣言を起草します。

 彼の主著『資本論』は、1867年に第1巻が公刊されますが、第2巻、第3巻はマルクスの死後エンゲルスの編纂によって刊行されました。
そして晩年は貧困と病苦に悩まされながら、ロンドンで没します。

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フリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels、1820年11月28日 - 1895年8月5日)

 エンゲルス(1820年~95年)は、ライン州の紡績工場主の家庭に生まれ、父の会社の関係でイギリスに渡り、仕事のかたわら研究・執筆活動を行いました。
1844年にパリで亡命中のマルクスと再会し、以後終生変わらぬ友情と協力関係を結び、特にロンドンに亡命したマルクスを経済的に援助し、又彼の著作の普及に尽力します。

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共産党宣言

 マルクスの思想は、「一つの妖怪がヨーロッパをはい廻っている-共産主義という妖怪が」という有名な文で始まる『共産党宣言』に簡潔に要約されています。

 マルクスは、人間社会や歴史の基礎は人間の物質的な生産活動であり、その経済的な土台の上に政治・制度・文化が成立すると考え、歴史は生産力と生産関係の矛盾を原動力として発展していくと説いています(唯物史観・史的唯物論)。

 次に「今日までのすべての社会の歴史は階級闘争の歴史である。自由民と奴隷・貴族と平民・領主と農奴・ギルドの親方と職人、要するに抑圧者と被抑圧者は常にたがいに敵対し、ときにはひそかに、ときには公然とたえず闘争を続けてきた。」(共産党宣言の一部、以下同じ)と述べ、古代奴隷制では奴隷所有者と奴隷・中世封建制では領主と農奴・近代資本主義では資本家と労働者という形で階級闘争が行われ、歴史が発展してきたと説きました。

 近代資本主義では「大工業の発展ともに、ブルジョワ階級の足もとから、彼らがそのうえで生産を行い、生産物をわがものとした基盤そのものが失われていく。ブルジョアワ階級は何よりも自分自身の墓掘り人をつくりだす。彼らの没落とプロレタリア階級の勝利はともに不可避である。」と述べ、大工業の発展によって資本家と対立する労働者階級が大量に生み出されるから、資本家と労働者の対立は労働者階級の勝利に終わり、従って資本主義体制の没落と社会主義社会の実現は歴史の必然であると主張しました。

 しかし、資本家の力は強いので、社会主義社会の実現には労働者の国際的な団結が必要であると説き、「共産主義者は、今までのいっさいの階級秩序の暴力による転覆を通じてのみ自己の目的が達成されることを公然と宣言する。支配階級は共産主義革命の前に恐れおののくがよい。プロレタリアは鉄鎖以外に失うものは何ももたない。うるのは全世界である。」と述べ、「万国のプロレタリアよ、団結せよ。」と云う言葉で結んでいます。

Пролетарии всех стран, соединяйтесь!

ジョークは如何?

エデンの園はロシアにあったとする学説がある。

なぜなら、アダムとイブはクルマも家も服さえも持っていなかったが、
自分たちが住んでいるところがパラダイスだと信じて疑わなかったからだ。

続く・・・

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秋葉奈津子様 こんばんは。

今日の天気は雨が降ったり止んで青空が出たりの、目まぐるしく天候が変わりました。
夕方からは雷鳴と共に土砂降りで、
大雨洪水警報が発令されました。

消防車が避難先の小学校の案内をしていきました。
窓から見える山科川の水位がかなり上がって、濁流が見えました。

今は雨は小康状態で川の水位も下がっているようです。

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葉山左京様、おはようございます。

今、午前6時21分。
夜と雨が続いています。
昨日の夕方から本降りになった雨は、強弱を繰り返しながら、今も降り続いています。
庭には、大きな池が出来ました。
北九州は、注意報ですが、長崎県、佐賀県、福岡県南部では警報が続いています。
この雨は、今日、明日も続く予報なのでウンザリです。

秋葉奈津子様 こんばんは。

北九州の方も台風の影響でしょうか。
雨がかなり降っているのですね。
TVニュースでも拝見しました。

京都もそちらほどでもないですが、
雨が多い日々です。

コスモスが咲きだしているのですが、
雨ばかりでコスモスを見に行けない状態です。
コスモスは晴れた秋空のもとで見るのが一番ですね。

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葉山左京様、おはようございます。

>今日で4日連続の雨になります。
北九州の日の出は6時10分、日の入りは18時2分。
少しづつですが、夜の方が長く成りました。

未だ遥か南に在る、台風の動きが心配です。
10月3日・4日辺りが日本に接近する公算が、高いそうなので用心ですね。
昨日は雨の為か、市内で交通事故を良く見ました。
用心第一でハンドルを握ります。

秋葉奈津子様 こんばんは。

こちらも朝晴れていたと思ったら夕方は雨が降ります。
一日の中でも天候の変化が激しいです。

北九州は雨が続いているようですね。
ほんとに車の事故には気を付けてくださいね。
このところの雨は降りだすと集中豪になりやすく、アッと言う間に川の水が増水します。
これも注意ですね。

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葉山左京様、おはようございます。

10月に成りました。
暦が二行に増えると、年末がぐっと近づく様な気がします。

会社も年末にむけて、忙しさが増していきます。

今日も雨の朝に成りました。
5日連続の雨模様、河川の増水や斜面の崩れが心配されています。
更に野菜や果物の値段が騰がっています。
週明には、台風の予報迄飛び込んで、明るい話題が殆んど在りません、

10月はお互いに良い月にしたいですね。

秋葉奈津子様 こんばんは。

本当に10月はいい月にしたいですね。
京都は午前中は晴れ間もあり、
気温も上昇しました。
台風が日本列島縦断しそうなコースを撮りそうですね。

南にそれてくれて被害が出なければいいのですが。
こんなに続けて台風襲来は
地球温暖化の影響ですね。
愚かな人類は行きつくところまでいかないと、地球を破壊していることが分からないようです。

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秋葉奈津子様 おはようございます。

やっと外が白みかけてきました。
でも日の出はもう少しでしょうか。
今日も曇り空、
長期予報では雨や曇りばかりで晴れてくれそうにないですね。

からりとした秋晴れが欲しいところです。
台風の進路も気になるところです。
被害が出ないといいのですが。

葉山左京様、おはようございます。

今だに25度前後の気温が、続く北九州ですが、明方には寒さを感じる時もあります。
昨晩は、5日ぶりにジロくんとの散歩が出来ました。
流石に5日間も間が開くと、彼もマーキングが大変な様子でした。
久しぶりに虫達の鳴き声も聞こえて、秋らしい雰囲気です。

沖縄方面に向かう台風の進路が大変心配です。
九州本土直撃コースを進みそうな位置にいます。
少しでも、海上を進んで欲しいと願っています。

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葉山左京様、おはようございます。

九州に接近する台風の影響で、気温が上がり蒸し暑ささえ感じます。
予報進路が現在のままなら、対馬海峡を通過する公算が高く、風による被害も予想されます。

朔日の朝は、関門海峡一帯は、濃い霧に覆われました。
視界が大変悪く、場所によっては雨になった処もあります。
県南部では、猛烈な雨が短時間に降りました。
異常な天候が続いて、不安が大きいです。

秋葉奈津子様 こんばんは。

京都も蒸し暑く31℃でした。
台風に影響が近畿の方にもあるようです。
明日は午後から晴れとの予報で、
久し振りに秋の青空が見れそうです。

台風が対馬海峡を通りそうなのですか、
それでは近畿にも必ず来ますね。
避難警報が出なければいいのですが。

先日の集中豪雨は大変でしたから。

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葉山左京様、おはようございます。

台風が一番嫌なコースを辿り始めました。
後は、少しでも遠くの海上を進んでくれる事を祈っています。
この時期の台風は、農作物に大きな被害を及ぼします。
大変、心配しています。

自宅が古いので。台風に遭遇する度にどこかが壊れてしまいます。
今回の台風は、小型ながら勢力が強いので、怖いですね。