2017/01/15

歴史を歩く135

3アメリカ合衆国の発展①

1民主主義の発達と領土の拡大(その1)

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ジョージ・ワシントン(George Washington:1732年2月22日 - 1799年12月14日)

 アメリカ合衆国では、1789年に連邦政府が発足し、ワシントン(在任1789年~97年)が初代の大統領に就任しますが、ワシントンは大統領を2期務め、3選を固辞して「告別の辞」で中立の必要を説いて引退しました。

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ジョン・アダムズ(John Adams:1735年10月19日 - 1826年7月4日)

 独立宣言の起草者の一人で、ワシントンのもとで副大統領を務めたアダムズが、フェデラリスト(連邦派)の指導者として第2代大統領に就任します(在任1797年~1801年)。

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トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson:1743年4月2日 - 1826年7月4日)

 1800年の大統領選挙では、アンチ・フェデラリスト(反連邦派)のジェファーソンがアダムズを破って第3代大統領に就任しますが、この出来事は「1800年の革命」と呼ばれました。
ジェファーソン(1743年~1826年、在任1801年~09年)は、ヴァージニアのプランター(大農園主)の家庭に生まれ、弁護士となり、ヴァージニア植民地議会議員を経て大陸会議の代表となり、独立宣言の起草者となりました(1776年)。

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独立宣言
5人委員会がその草稿を大陸会議に提出している。ジェファーソンは宣言文を机に置いている中央の背が高い人物。


ワシントン大統領のもとでは初代国務長官に就任しますが、ハミルトンやアダムズ等のフェデラリストと対立して国務長官を辞任し(1793年)、アンチ・フェデラリスト(反連邦派、1787年の憲法草案に反対した人々)を中心にリパブリカン党(後に民主共和党に発展)を結成し、1800年の大統領選挙でフェデラリスト(連邦派)のアダムズを破って第3代大統領となります。

 ジェファーソンは民主主義の発展に努め、少数意見の尊重・憲法によって保障された権利と自由を維持すること・州の正当な権限を保障すること等を主張し、自営農民こそが民主主義の中核と称えました(ジェファーソニアン・デモクラシー)。
こうした彼の民主主義に対する考え方は後世に影響を与え、リンカーンはジェファーソンを「アメリカ民主主義の父」と呼んでいます。

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ルイジアナ購入

 ジェファーソン在任中の出来事の中で、以後の合衆国の歴史にとって最も重要な出来事の一つとなったのが、1803年のルイジアナ購入でした。
ジェファーソンの在任中はナポレオンの全盛期でした。
ナポレオンはスペインからミシシッピ以西のルイジアナ(1763年にフランス領からスペイン領となる)を取り戻しますが、ジェファーソンは西部農民の要請を受けてフランスと交渉し、ナポレオンからルイジアナを購入します。

 ルイジアナはミシシッピ川とロッキー山脈に挟まれた面積約214万平方km(日本の国土面積は約37.8万平方km)の広大な地域でしたが、合衆国はこれをわずか1500万ドル(1平方km当たり約7ドル)で購入し、これによって合衆国の領土は一機に倍増しました。

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ジェームズ・マディソン・ジュニア(James Madison, Jr.:1751年3月16日 - 1836年6月28日)

 第4代大統領マディソン(在任1809年~17年)の在任中、1812年6月に合衆国はイギリスに宣戦し、米英戦争(アメリカ・イギリス戦争、1812年6月~14年12月)が始まりました。
アメリカはカナダの奪取を目論むものの失敗し、海上もイギリス海軍に封鎖されますが、米・英共に決定的な勝敗をみないうちに、ヨーロッパでナポレオン戦争が終結した為、米・英共に戦闘を継続する理由がなくなり、ガン条約が結ばれて米英戦争は終結しました。

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米英戦争・ワシントン焼き討ち

 戦争中にイギリス商品の流通が総て停止した結果、米英戦争はアメリカの経済的自立を促し、木綿工業を中心とするアメリカの諸産業が発展します。
このため米英戦争は、政治的な独立を果たした独立戦争に対して、経済的な独立を果たしたという意味で「第二次独立戦争」と呼ばれています。

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ジェームズ・モンロー(James Monroe、1758年4月28日 - 1831年7月4日)

 第5代大統領モンロー(1758年~1831年、在任1817年~25年)は、ヴァージニア州出身でヴァージニア州選出の下院議員を経て上院議員となり、アンチ・フェデラリストの指導者として活躍し、ジェファーソン大統領の下で国務長官を務め、1816年の大統領選挙でリパブリカン党から立候補して当選し、大統領を2期務めました。

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モンロー主義・風刺画

 モンローはラテン・アメリカ諸国の独立を支援し、メッテルニヒがラテン・アメリカ諸国の独立運動に干渉しようとすると、1823年にモンロー宣言(教書)を発し、相互不干渉主義を主張してこれに反対しました。
モンロー宣言は、ワシントン以来の中立政策をより明確に表明したもので、後の孤立主義に発展し、合衆国の外交政策の基本方針と成りました。

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アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson:1767年3月15日 - 1845年6月8日)

 第7代大統領ジャクソン(1767年~1845年、在任1829年~37年)は西部出身初の大統領として、「ジャクソニアン・デモクラシー」を推進します。

 ジャクソンは、当時の西部辺境であったサウスカロライナ州の貧しい開拓民の家庭に生まれ、テネシー州選出の下院・上院議員となり、米英戦争では司令官としてイギリス軍に大勝して一躍国民的英雄と成りました。
1828年の大統領選挙で庶民の支持を得て当選し、西部出身初の大統領となり、又庶民の大統領として注目されます。

 ジャクソンは、西部の自営農民・東部の小市民や労働者等の要求を巧に捉え、特権や独占に反対して庶民の側に立って民主主義を推進し、普通選挙制度・公立学校の普及・婦人参政権運動・官職交替制・特権に反対する自由企業の発展等の民主化が進展した為「ジャクソニアン・デモクラシー」と呼ばれ、ジャクソンの支持者達は1820年代に南部を主な基盤とする民主党を組織しました。
これに対して反ジャクソン派は北部を主な基盤とするホイッグ(ウイッグ)党を組織し(1834年)、後にホイッグ党を中心に、奴隷制反対をスローガンとする共和党が結成されました。

ジョークは如何?

紀元元年はいつか? 1933年だ。
なぜ?

その年まではBefore Crisis(危機以前)、B.C.
それ以降はAfter Depression(不景気の後)、A.D.
だから。

※補足
1933年はニューディール政策の始まった年


続く・・・

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秋葉奈津子様 こんばんは。

大寒の今日は今にも雪が降りそうな天候でした。
風が強く寒さが厳しい一日です。
北部の日本海側は雪が降っていますが、
京都市はまだ大丈夫のようです。

アメリカの大統領就任式がもうすぐに迫ってきましたが、
トランプ大統領になったら、
世の中トラブルばかり発生するのではと、
心配になります。

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葉山左京様、おはようございます。

昨日から急激に天候が悪化しました。
昨日は、午前中は時折雨が降る程度でしたが、昼前から北西の急風が吹き、雨は霙や雪に変わりました。
風が強いので、寒さも半端ではありません。
周囲の山々も一時、頂上近くは白くなるほどでした。
今日は、風も止み、雲も切れていますが、油断はできません。
道路の凍結等無ければ良いのですが。

トランプ氏の大統領就任。
選挙の時も大変驚きましたが、実際、友好国、同盟国には、大変は事が起こると思います。
特に中国問題は、深刻さを増しそうです。