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2017/02/10

歴史を歩く143

33 19世紀のヨーロッパ文化③

3哲学と人文・社会科学

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イマヌエル・カント(Immanuel Kant、1724年4月22日 - 1804年2月12日)

 哲学では、18世紀末にドイツのカント(1724年~1804年)がイギリス経験論と大陸の合理論を総合、批判してドイツ観念論哲学を創始しました。

 ドイツ観念論哲学は、ナポレオンの占領下で「ドイツ国民に告ぐ」と題する連続講演を行ったフィヒテ(1762年~1814年)やシェリング(1775年~1854年)に引き継がれ、ヘーゲルによって完成されました。

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ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770年8月27日 - 1831年11月14日)

 ヘーゲル(1770年~1831年)は、世界を精神の自己発展の過程としてとらえ、その発展の論理として弁証法を提唱しました。
弁証法は、あるもの(正)があると必ずそれと矛盾し、否定するもの(反)が生まれ、その対立、矛盾、否定を通してより高いものに総合される(合)、この正・反・合がくり返されて事物が発展していくとする考え方です。
ヘーゲルは、精神は主観的精神、客観的精神、絶対的精神(絶対精神)の三段階に発展して行き、精神の本質は自由にあるから世界史は自由が実現される過程であると論じました。

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ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ(Ludwig Andreas Feuerbach, 1804年7月28日 - 1872年9月13日)
 
 ヘーゲルの死後、ヘーゲル左派のフォイエルバッハ(1804年~72年)はヘーゲル哲学を批判し、人間は自然物であり、自然物以外は何者も存在しないとする独自の唯物論(一般的には、世界を精神的なものと物質的なものに区別し、物質的なものが世界を動かしていく根本原理であるとする考え方)を樹立しました。

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カール・ハインリヒ・マルクス(Karl Heinrich Marx, 1818年5月5日 - 1883年3月14日)と妻イェニー・マルクス

 マルクス(1818年~83年)は、フォイエルバッハの唯物論とヘーゲルの弁証法を受け継いで弁証法的唯物論を確立し、歴史の発展を弁証法的唯物論の立場から解明する唯物史観(史的唯物論)を唱えて資本主義の没落と社会主義への移行の必然性を説いています。

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アルトゥル・ショーペンハウエル(Arthur Schopenhauer、1788年2月22日 - 1860年9月21日)

 又ドイツのショーペンハウエル(1788年~1860年)は、カントの後継者を自任し、フィヒテやシェリングを攻撃し、インド古典哲学の研究に打ち込み、「生きることは苦しみの連続である」とする厭世哲学(ペシミズム)を展開しました。

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ジェレミ・ベンサム(Jeremy Bentham、1748年2月15日 - 1832年6月6日)

 イギリスでは、ベンサム(1748~1832)が功利主義を創始しています。
ベンサムは人生の目的を幸福におき、快楽の量が大きい程幸福であると考え、幸福・快楽を道徳的に善と見做し、幸福や快楽をもたらすものを功利と呼んで、個人の幸福と社会全体の幸福の調和が大切であるとして「最大多数の最大幸福」を功利主義の標語としました。

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ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill、1806年5月20日 - 1873年5月8日)

 ジョン・ステュアート・ミル(1806年~73年)は、ベンサムが快楽の量を重視したのに対して、「満足した豚であるよりは、不満足な人間である方がよく、満足した愚か者であるよりは、不満足なソクラテスである方がよい」と述べて、快楽の質を重視し、功利主義を更に発展させました。

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オーギュスト・コント(Isidore Auguste Marie François Xavier Comte、1798年1月19日 - 1857年9月5日)

 フランスのコント(1798年~1857年)は、実際に確かめることの出来る経験的事物のみを学問的知識の源泉とする実証主義を体系化し、又社会活動を支配する法則も科学的に求められるとして社会学を創始します。

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セーレン・オービエ・キェルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard、1813年5月5日 - 1855年11月11日)

 デンマークの思想家キルケゴール(1813年~55年)は、ヘーゲルの観念論哲学を批判し、世界の発展を論じるよりも、今ここに存在している自分が如何に生きるかを追求する方が大切であるとし、神への信仰を通じて人間は絶望から立ち上がることが出来ると説いています。
キルケゴールは、20世紀に盛んとなる実存主義の先駆者とされています。

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レオポルト・フォン・ランケ(Leopold von Ranke, 1795年12月21日 - 1886年5月23日)

 19世紀は「歴史の世紀」と呼ばれ、ナポレオン支配に対して民族意識が高まったドイツが歴史研究の中心となりました。

 19世紀最大の歴史家ランケ(1795年~1886年)は、生涯のほとんどをベルリン大学で過ごしましたが、彼は厳密な史料批判によって史実を確定する客観的な歴史研究の方法を確立し、近代歴史学の祖と呼ばれています。
ランケは、16世紀~17世紀のヨーロッパ各国の歴史を多く著し、又各国史の寄せ集めでない「世界史」を残す事を志ましたが未完に終わっています。

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ヨハン・グスタフ・ドロイゼン(Johann Gustav Bernhard Droysen、1808年7月6日 – 1884年6月19日)

 ドイツの歴史家としては、ランケ以外に、『ヘレニズム史』を書いて、ヘレニズムと云う言葉を初めて使ったドロイゼン(1808年~84年)、『十九世紀ドイツ史』を書いたトライチュケ(1834年~98年)、『ローマ史』で有名なモムゼン(1817年~1903年)等が有名です。

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フランソワ・ピエール・ギヨーム・ギゾー(François Pierre Guillaume Guizot, 1787年10月4日 - 1874年9月12日)

 フランスでは、七月王政末期の首相で『ヨーロッパ文明史』を書いたギゾー(1787年~1874年)、『フランス革命史』を書いたミシュレ(1798年~1874年)等が現れ、又イギリスでは、ホイッグの立場から『イギリス史』を書いたマコーリー(1800年~59年)や『フランス革命史』で有名なカーライル(1795年~1881年)等が現れました。

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フリードリヒ・カール・フォン・サヴィニー(Friedrich Carl von Savigny, 1779年2月21日 - 1861年10月25日)

 法学では、自然法思想や啓蒙合理主義に対して、一国の法はその国民の固有の文化から生まれた歴史的所産であると考え、法の歴史性や民族性を主張する歴史法学がドイツのサヴィニー(1779年~1861年)によって唱えられました。
 
経済学では、イギリスのマルサスやリカードがアダム・スミスに始まる古典派経済学を継承・発展させました。

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トマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus、1766年2月14日- 1834年12月23日)

 マルサス(1766年~1834年)は古典派経済学を代表する学者であるが、『人口論』の著者としてよく知られています。
彼は、『人口論』(1798年)において「人口は幾何級数的に増加するが、食料は算術級数的にしか増加しない」ので、過剰人口による食料の奪い合いや貧困の増大は不可避であると考え、禁欲による人口増加の抑制が必要であると説きました。

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デヴィッド・リカード(David Ricardo、1772年4月19日 - 1823年9月11日)

 リカード(1772年~1823年)は、労働価値説(商品の価格はその商品の生産に要する労働時間によって決定されるという説)・差額地代説・分配論等を完成し、古典派経済学を大成しました。

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フリードリッヒ・リスト(Friedrich List, 1789年8月6日 - 1846年11月30日)

 ドイツでは歴史学派経済学が生まれました。
歴史学派経済学は経済現象を歴史的に考察しようとするもので、その先駆者となったドイツのフリードリヒ・リスト(1789年~1846年)は、経済発展の遅れた国では国家による保護が必要であるとして、自由貿易政策を批判して保護貿易政策を主張し、ドイツ関税同盟(1834年発足)の結成に努力しました。
先に述べたマルクスは、資本主義を研究・分析し『資本論』(第1巻は1867年刊)を著し、マルクス経済学を樹立します。

ジョークは如何?

コルホーズの議長が、共産主義になったら洋服も手に入るし、食べ物も腹いっぱい食べられるようになる、と言った。
 そのとき1人のお婆さんが立ちあがって、天を仰いで言った
「ああ嬉しい! やっとツアー(皇帝)がいた頃に戻るんだね」

続く・・・

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コメント

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秋葉奈津子様 こんばんは。

毎日雪がちらついています。
寒さが厳しく体調がすぐれない人が多くなりました。
早く気温が上がってほしいものです。

近代哲学の哲学者達が顔をそろえていますね。
読んでいくと学んだことが甦ってきます。
楽しき若き時代だったと思い出されます。

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葉山左京様、おはようございます。

昨日の雨は、朝だけで良いお天気に成りました。
一昨日、月が真っ赤と書きましたが、福岡県にはPM2.5情報が発表されていました。
大陸の大気汚染が、相当激しい事は、色々と聞いていますが、実際北京等は生活出来ないそうです。
昭和40年代前半の日本でも、ここまで酷くは無かったと思います。
国の姿勢を考えさせられます。

哲学分野の記事は、大学時代の講義ノートから作成しました。
学生時代を思い出す事が沢山ありました。
確かに遥かなり昭和です。

秋葉奈津子様 こんばんは。

気温は低いのですが、
晴れた青空が広がり
風があまり吹かないので、
暖かく感じられました。

明日から昼間は気温が上がるようです。
長続きしないのが今の時期の特徴でしょうか。

周囲の人たちも春待ち人が多くなりました。

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葉山左京様、おはようございます。

昨日は暖かい1日でした。
今日も暖かく成りそうです。
やはり、立春を過ぎましたが、現実は冬。
未だ未だ油断はできませんが、春はゆっくり近づいています。

昨日、ランニングにショートパンツで、ジョギングしている人がいました。
走るには、あの様なスタイルがベストなのでしょうか?

秋葉奈津子様 こんばんは。

歴史の記事が素晴らしいので、
良く学ばせていただきました。
知らないことばかりで、
楽しく読ませていただいています。

今日は昼15℃まで上がり、春の気配を感じました。
このまま暖かくなるといいのですが、
また雪の日もあるでしょうね。

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葉山左京様、おはようございます。

昨晩、ジロくんの散歩の時、東風が吹きました。
帰宅時の温度計は外気12度、散歩の時も全く寒さを感じませんでした。
予想通り、今日は雨、それも時々雨足が大きくなっています。
先週の今日は、寒波襲来で時折雪が舞い、土曜日、日曜日は朝雪が積もりましたが、僅か1週間で、陽気が急変です。
春一番の可能性もあるとかで、一体どうなっているのかわかりません。
体か気候に付いて行きそうに無い、今日この頃です。

記事を読んで頂きありがとうございます。
19世紀は、政治・経済・文化が大きく進歩した時代。
是等を省みて、改めた先人の偉業に接する気持ちです。

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