2017/02/11

歴絵を歩く145

33 19世紀のヨーロッパ文化⑤

5地理上の探検

 19世紀は探検家の時代でもありました。
探検家達は未知の土地を求めてアフリカ、北極、南極、中央アジアへと足を伸ばします。

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ジェームズ・クック(James Cook、 1728年10月27日 - 1779年2月14日)

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赤は第1回航海、緑は第2回航海、青は第3回航海をあらわす。青の点線は、クック死後の航海ルート

 18世紀後半、イギリスのクック(1728年~79年)は3回にわたって太平洋を調査航海し、第1次航海(1768年~71年)でタヒチ島、ニュージーランド、オーストラリア東岸を、第2次航海(1772年~75年)では南極圏に到達し、第3次航海(1776年~79年)ではタスマニア島、ニュージーランド、タヒチを経てハワイに至り、更に北上して北極海の一部に達しますが、帰途ハワイで島民とのトラブルで命を落としています。

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ヴィクトリア滝にあるリヴィングストン像

 19世紀に入っても、サハラ砂漠以南のアフリカ内陸部はヨーロッパ人にとっては、当に未知の大陸でした。
イギリスのリヴィングストン(1813年~73年)は、宣教師としてアフリカに赴き、1840年代から約30年間にわたってアフリカ奥地の探検を行ってヴィクトリア瀑布等を発見し、ナイル川の水源を探る探検に出て、一時消息不明となりましたが、後年スタンリーに救出されています。

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リヴィングストンとスタンリーの対面

 イギリス生まれのアメリカ人であるスタンリー(1841年~1904年)は、リヴィングストン捜索の為にアフリカに渡り、タンガニーカ湖畔で感激の対面を果たしました。
後にベルギー王の援助でコンゴ地方を探検し、アフリカ大陸の横断に成功しました。

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湖上のヘディン

 中国の奥地や中央アジアへの学術探検も19世紀末に始まりました。
スウェーデンの地理学者・探検家のヘディン(1865年~1952年)は中央アジア、チベット、タリム盆地等を4回にわたって探検し、ロブ・ノールの桜蘭(シルク・ロードの要衝として繁栄しましたが、前漢の武帝に征服され、漢の属国となった)遺跡を発見し(1901年)、又イギリスの考古学者・探検家のスタイン(1862年~1943年)は4回にわたって中央アジアを探検し、敦煌文書を発見・紹介しています。

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フリチョフ・ナンセン(Fridtjof Wedel-Jarlsberg Nansen 、1861年10月10日 - 1930年5月13日)

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ロバート・エドウィン・ピアリー(Robert Edwin Peary, 1856年5月6日 - 1920年2月20日)

 極地探検も19世紀末から始まり、ノルウェーのナンセン(1861年~1930年)は北緯86度に達し、極地が海洋であることを確認し(1895年)、その後、アメリカのピアリ(1856年~1920年)が1909年に初めて北極点に到達しています。

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1911年12月15日、南極点に到達したアムンセン一行。
左からアムンセン、ヘルマー・ハンセン、スヴェレ・ハッセル、オスカー・ウィスチング。


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南極点到達メンバー
(後列左から)ウィルソン、スコット、エヴァンズ (前列左から)バウアーズ、オーツ


 ノルウェーのアムンゼン(1872年~1928年)は、北極点到達をピアリに先行された為、目標を南極点に向け、1911年12月に南極点に初めて到達しますが、この時、イギリスのスコット(1868年~1912年)と南極点到達を競ったものの、アムンゼンに35日遅れ、1912年1月に南極点に到達を果たしています。
スコットは帰路、吹雪等悪天候に遭遇した氷原で命を落としています。

ジョークは如何?

民主主義では,一歩進むために,一日をかける.

全体主義では,一歩進むために,一人を殺す.

共産主義では,一歩進むために,二歩下がる.


続く・・・

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コメント

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秋葉奈津子様 こんばんは。

19世紀はすべてにおいて、
発見や進歩の時代だったのですね。
素晴らしい時代があるから、
今日の繁栄があることを世界の人々は認識すべきです。

ところが今の時代は、
地球を破壊する方向に進んでいるように思えます。
特に大国程自分の国のことしか考えていませんね。
自分で滅びの道へ進んでいるようです。

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葉山左京様、おはようございます。

昨日の午後から雨に成り、夜半頃迄、時折激しく降っていました。
今は、その雨も止んでいますが、気温が異様に高く、暖房無しで室内温度が15度もあります。
今週は周期的にお天気も変わりますが、気温は15度前後維持しそうです。
暖かさが本当になってきました。
夜明けも7時前、夕方は18時近く迄明るさが残ります。

19世紀は、ルネサンス期に次いで、人類の文明が飛躍的に躍進した世紀です。
現在の基礎になる発見、発明が続いた世紀でした。
この発展が、何処かでおかしくなり、今の環境破壊に繋がっています。
考えれば、考えるほど、恐ろしい事ですね。

秋葉奈津子様 こんばんは。

京都は暦の上では春なのですが、
風が冷たいですね。
もう、いつ春が来るのだ!と叫びたい心境です。

祇園の花街では、
芸子や舞妓さんたちが春の踊りの稽古に入りました。
春はもうそこまで来ているのですが、
暖かくなりません。

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葉山左京様、おはようございます。

週末以降は、晴れたり曇ったりの天候ながら、15度前後の気温に成りそうです。
木々の新芽を見ると春の到来を感じますが、同時に雑草も伸び始める時期になりました。
油断すると、直ぐに伸びる雑草は、その生命力の強さに圧倒されます。

ジロくんの散歩コースでは、梅の花が散り始めています。
これからは、菜の花が目を楽しませてくれる事でしょう。
暖かい毎日が続く事を祈ってます。

秋葉奈津子様 こんばんは。

寒さが毎日厳しく、
今年は寒さにお手上げです。
今年に限って、
こう、長続きしては困ったものです。
こちらは春の花もこの寒さでまだ満開の状況ではありません。

北九州は梅の花が散りだしていますか、
やはりこちらより暖かいですね。

葉山左京様、おはようございます。

2月は日数が少ないので、月末が近いです。
普段なら28日前後から始める月末の準備を週末の今日から始め無ければなりません。
営業日の短さは、時給で働くパートさんにも影響は大きいですが、店舗の売上合計も少なくなります。
色々な意味で、2月は辛いですね。

もうしばらくすると、菜の花が黄色い花を咲かせ始めます。
3月の中旬には、先ず彼岸桜が開花すると思います。
花の季節ももうすくですよ。