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2017/02/12

歴史を歩149

34オスマン帝国支配の動揺とアラブの覚醒④

4イランとアフガニスタンの動向

 イランでは、18世紀前半にサファヴィー朝(1501年~1736年)が滅亡し、以後アフシャール朝(1736年~96年)ザンド朝(1750年~95年)の短命な王朝が続きましたが、18世紀末にはカージャール朝(1796年~1925年)が成立します。

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カージャール朝と周辺諸国の位置関係

 カージャール朝はトルコ系王朝でテヘランを都とし、19世紀前半に2度ロシアと戦って敗れ(1812年~13年、1826年~28年)、トルコマンチャーイ条約(1828年)を結んでロシアに東アルメニアとコーカサス地方を割譲し、治外法権を認めました。
ロシアに領土を奪われたカージャール朝は東方のアフガニスタンに向かって進出をはかり、1832年~57年にかけて3度ヘラートを攻め、3度目には占領に成功しましたが(1856年)、イギリスはこれをインドへの脅威ととらえてカージャール朝に宣戦します。
カージャール朝は此れに屈服してヘラートから撤退すると共に、イギリスにも治外法権を認め貿易上の特権を与えました。

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1800 年代のヘラート

 トルコマンチャーイ条約以後、カージャール朝の財政は破綻し、農民への税負担が増大しました。
こうした状況の中で1848年~50年にかけて封建制に反対し、外国勢力への屈従を拒んだイラン農民の反乱が起こります。
この反乱は、それに参加した貧しい農民、商人、職人等の多くがバーブ教徒であった為、バーブ教徒の乱(1848年~50年)と呼ばれています。

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バーブの霊廟(ハイファ)

 バーブ教は、イランのサイイド・アリー・ムハンマド(1819年~50年)によって1844年頃に創始されたイスラム教シーア派に属する神秘主義的宗教で、既存の宗教儀礼の廃止や男女平等、階級的差別の撤廃等を主張し、貧しい農民、商人、職人等の支持を得ました。

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サイイド・アリー・ムハンマド(1819年-50年)

 創始者のサイイド・アリー・ムハンマド(ミールザー・アリー・モハンマド)は、マフディ(アラビア語で救世主の意味)の出現を説き、彼自身をマフディに近づくバーブ(門の意味)と称したので、彼が創始した宗教はバーブ教と呼ばれ、バーブ教徒は各地で蜂起し、政府軍を相手に勇敢かつ頑強に抵抗しましたが鎮圧され、以後激しい弾圧、迫害を受けることになりました。
 
 サイイド・アリー・ムハンマドは反乱には直接関係しませんでしたが、自らマフディと称した為、既成宗教と秩序を破壊する危険人物とみなされて1850年にタブリーズ市民の前で銃殺されます。

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アフマド・シャー・ドゥッラーニー(Ahmad Shāh Durrāni, 1722年 - 1772年10月16日)
ドゥッラーニー朝の王に選出


 アフガニスタンは、10世紀以後ガズナ朝、ゴール朝、イル=ハン国、ティムール帝国、サファヴィー朝による支配を受け、又16世紀以後はインドのムガール帝国にその東半部を支配されてきました。
アフマド・シャー・ドゥッラーニー(1724年~73年)は、イランのアフシャール朝のナーデル・シャーの傭兵隊長でしたが、ナーデル・シャーが暗殺された後に自国に戻り、国王に選出されてドゥッラーニー朝(1747年~1842年)を創始し、アフガニスタンの民族的独立を達成しました。

 しかし、19世紀に入ると、ドースト・ムハンマド(1789年~1863年、ドゥッラーニー朝宰相の家柄でパーラクザイ族出身)がドゥッラーニー朝勢力を駆逐してパーラクザイ朝(1826年~1973年)を創始します。

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撤退するイギリス部隊を襲撃するアフガン人

 先にカージャール朝で述べた通り、1837年にロシアの支援を得たカージャール朝が再度ヘラートを包囲攻撃すると、ロシア南下に加えて、支配権を確立したインドに脅威が及ぶ事を恐れたイギリスがこれに介入してアフガニスタンへ侵略し、第1次アフガン戦争(1838年~42年)に発展します。

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第2次アフガン戦争に参戦した第5ノーサンバランド・フュージリア連隊

 第1次アフガン戦争ではイギリスが完敗しますが、1856年にカージャール朝が三度ヘラートを攻撃するとイギリスは宣戦を布告してイランを屈服させ、アフガニスタンをイランから独立させ(1857年)、アフガン戦争は3回行われましたが(1838年~42年、1878年~80年、1919年)、イギリスは第2次アフガン戦争(1878年~80年)の勝利によってアフガニスタンの保護国化に成功しました。 

ジョークは如何?

「ネタにされる大統領はたいてい共和党だね。タカ派の多いこと」
「うむ、そしてネタにされる書記長は共産党と決まっている」

続く・・・
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秋葉奈津子様 こんばんは。

相変わらず寒さが厳しいですね。
心臓には冷たい空気は大敵ですね。
暖かい春はいつ来るのでしょうか?

来週は寒の戻りもあるとのこと、
これ以上の寒さはうんざりです。

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葉山左京様、おはようございます。

良いお天気が続いています。

ジロくんも勤務先の猫一家も日向ぼっこが、気持ち良さそうです。
散歩道のお地蔵様の上で、雲雀が元気よく鳴いていました。
周囲は、春の気配でいっぱいです。

父の時、一番警戒した事が、トイレ、入浴でした。
夏は、それ程でも無いですが、冬は居室との温度差が、余りにも大きい事。
トイレでは、排便時に血圧が上がる事等、用心しなければならない事が多々あります。
主事医の指示に従った、生活が重要です。

秋葉奈津子様 こんにちは。

天気は晴天なれど寒さ厳し、でしょうか。
春の花も咲きだし、
大分春らしくはなってきたのでしょうか。
ソメイヨシノはまだですが、
雪柳やボケの花が咲きだしています。

もうすぐですね。
春の花やかな花が咲きだすのは!
待ち遠うしい感じです。

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葉山左京様、おはようございます。

曇り空が広がっています。
天気予報通りなら、今日は雨。
木の目立ちを迎えている、草木には恵みの雨になるでしょう。
昨日は、霞の掛かった空に、飛行機が幾筋も飛行機雲を引いていました。
その飛行機雲が、ゆっくりと北に流れていきました。
雲の流れを見ていると、飽きないものです。

春。
キャンディーズの歌声が聞こえてきそうです。
それとも、ヴィバルディでしょうか?

秋葉奈津子様 こんばんは。

キャンディーズもヴィバルディもいいですね。
春が早く来て暖かくなってほしいのが本音ですが。
山科川の土手には、
まだ土筆の姿が見られませんが、
もうそろそろだと思います。
九州の方は早いでしょうね。

これから遊歩道のウォーキングが楽しみになってきます。

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葉山左京様、こんにちは。

昨日は朝、霧の様な雨が降っただけで、後は終日曇り空が続いていました。
今日は、又良いお天気に成り、暖かくなっています。

風も殆んど無いので、彼岸桜も花を沢山付けています。
今日は、珍しく雲雀が、低く飛びながら鳴いていました。
至るところで、草木の新芽が膨らんでいます。

この季節は、何故か気分が昂揚しますね。

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葉山左京様、おはようございます。

北九州は昨晩少し雨が降りましたが、今は雲が多いものの晴れ間も見えています。
日中は暖かいですが、停めていた車は、窓を一度開けないと、暑さを感じる位です。

土筆を見かける事は、此方では、先ず無いですね。
花の姿が沢山目に入る様になりました。

勤務先の猫一家は、元気に育って、春に生まれた仔猫と秋に生まれた仔猫は、殆んど区別が出来な位になりました。
兄妹皆仲良く暮らしています。
2匹が飼い猫として、嫁いでいきました。
他の猫達も飼い主が見つかれば良いなと思っています。