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2017/10/31

歴史を歩く175

39アジア諸国の変革と民族運動⑤

5辛亥革命と中華民国の成立(その1)

孫文
孫 文・1866年11月12日(清同治5年10月初6日) - 1925年(民国十四年)3月12日)

 洋務運動以後、先進国に多くの留学生が送られますが、特に日本への留学生が多く、こうした留学生や華僑を中心に清朝の支配を打倒して漢民族の国家を創ろうとする革命運動が盛んとなり、その中心となったのが孫文です。

 又日清戦争の敗戦を機に、中国では紡績・製粉・製油・マッチ等の軽工業を中心に民族資本による近代工業が起こっていましたが、中国の半植民地化が進む中で外国資本の進出が急増し、外国資本に比べて資力・規模・技術で著しく劣っていた民族資本を圧迫しました。
しかし、列強の意のままになる清朝には外圧から民族資本を保護し、発展させる力は無く、民族資本は革命運動を支持しました。

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興中会成立

 孫文(1866年~1925年)は広東省中山県の貧農に生まれ、移民として成功していた兄を頼ってハワイに渡り、高校に通ってアメリカ式の教育を受け、帰国後、香港で医学を学び、マカオや広州で開業しましたが、間も無く革命を志し、日清戦争が始まると再びハワイに渡り、ハワイで華僑を中心に興中会と名乗る革命結社を創立しました(1894年11月)。

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広州起義烈士像

 興中会は、日清戦争後に広州で挙兵しましたが(広州起義、1895年10月)失敗し、孫文は日本・アメリカを経てロンドンに亡命しました。
更に義和団事件による清朝の苦境に乗じて、広東省の恵州で挙兵しましたが(恵州起義、1900年)これにも失敗し、日本・アメリカ・イギリスを転々とした亡命生活を余儀なくされます。

 義和団事件で列強に敗れた清朝は、やっと政策の転換を図り、「外国の長所をとり、中国の短所を去って富強を図る」として新政を開始し(1901年1月)、軍隊の近代化を図って新軍(洋式軍隊)を創設し、会社の設立の奨励等実業の奨励、新型の学校設立と大量の留学生の派遣等に取り組み、1905年には科挙の廃止(1905年9月)等の改革を進めました。

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中国同盟会(中国革命同盟会)成立


 日露戦争に於ける日本の勝利は、中国にも大きな影響を及ぼしました。
孫文等の革命派は、日露戦争に於ける日本の勝利に刺激され、1905年8月(ポーツマス条約調印の半月前)に東京で中国同盟会(中国革命同盟会)を結成します。
中国同盟会は、孫文の興中会・蔡元培(1868年~1940年)等の光復会(1904年に結成)・黄興(1874年~1916年)等の華興会(1903年末に結成)等を中心に組織され、孫文が総理に就任しました。

 孫文の三民主義(民族の独立・民権の伸張・民生の安定)に基づく「駆除韃虜(満州人の王朝である清朝打倒)・恢復中華・創立民国(民主共和国の建設)・平均地権(土地所有権を平均にする)」の四大綱領を基本方針としました。

  中国同盟会は、1907年~08年にかけて各地で武装蜂起しますが、何れも失敗に終わります。
日露戦争に於ける日本の勝利に刺激された清朝は、やっと立憲準備に踏切り(1905年11月)、1908年9月に憲法大綱を発表し、この憲法大綱は明治憲法をモデルとし、清朝皇帝の万世一系や神聖不可侵等を規定していました。
憲法大綱の宣布と共に、1916年の国会開設を約束し、翌年に各省に諮議局(地方の議政機関)を、1910年には中央に資政院(中央の議政機関)を発足させ、諮議局や資政院で国会の早期開設・即時開設の要求が高まると、1910年には1913年の国会開設を公布しました(1910年11月)。
しかし、既に時遅く1912年に清朝は滅亡します。

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鉄道国有化に反対する請願運動

 清朝は、1911年5月、軍機処を廃止して責任内閣制を採用しましたが、国務大臣13人の内、8人は満州人(漢人は4人)であり、しかもその内の5人が皇族でした。
又同月、鉄道国有令を公布します(1911年5月)。

 この鉄道国有令では、先ず粤漢鉄道(えつかん、広州と漢口を結ぶ鉄道)と川漢鉄道(せんかん、成都と漢口を結ぶ鉄道)が対象とされ、民営の両鉄道を国営に移す為に、イギリス・アメリカ・ドイツ・フランスの四国借款団(1910年成立)から600万ポンドの借入を行いました。
清朝が鉄道国有化を名目に外国から借金をし、その資金を清朝の政権維持・権力強化に利用しようとしていることは明かであり、又国有化は民間の利益を奪ってそれを外国人に与えるものであったので、国有令に対しては湖広・四川・広東省等で激しい反対運動が起こりました。

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呉淞鉄道開通式

 特に四川省では、広範な大衆から集めた資金で川漢鉄道会社が組織されており、10万余の会員を擁する保路同志会を中心に大規模な反対運動が展開され、運動は暴動に発展し、其の為清朝は四川の暴動を鎮圧する為に武昌の新軍の一部を四川に派遣します。

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武昌起義
 
 しかし、当時湖北の革命派が新軍内に組織を拡大し、武昌の新軍(日清戦争後の中国で創設された洋式軍隊)1万5000中5000人余りが革命派で占められており、1911年10月10日、武昌の新軍と中国同盟会が武装蜂起し(武昌起義)、12日朝迄に武昌・漢口・漢陽のいわゆる武漢三鎮を制圧、湖北軍政府を樹立しました。

 武昌蜂起に続いて、湖南・陜西・江西・山西・江蘇・浙江・広東省で革命派が蜂起し、11月下旬迄には24省中14省(中国本土の約3分の2を占める地域)が革命派の支配下に入り、清の支配から離脱して独立します。

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中華民国軍政府鄂軍都督府(中華民国湖北軍政府)庁舎・現辛亥革命博物館

 これが辛亥革命(1911年10月~1912年2月)で、独立した省の代表が南京に集まり、アメリカで革命の報せを受けて帰国した孫文を臨時大総統に選出し(1911年12月29日)、翌1912年1月1日、南京で中華民国の建国を宣言しました。
その後、清朝の滅亡(1912年2月)によって中国史上最初の共和国が成立しますが、中華民国はアジア最初の民主共和国であり、当時世界でも数少ない共和政の国家でした。

名言集

恐れを抱いた心では、何と小さいことしかできないでしょう。

How very little can be done under the spirit of fear.

フローレンス・ナイチンゲール


続く・・・


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秋葉奈津子様 おはようございます。

外はまだ真っ暗、7℃の予報です。
寒い朝を迎えました。
これだけ冷え込むと、
紅葉が進むでしょう。

紅葉の季節を迎え京都は活気が出てきました。
一時は観光客の市型が少なくなりましたが、
元に戻ったようです。
和服のレンタル業者が目立つようになりました。
今はあちらこちらと林立している感じです。

葉山左京様 こんばんは。

今日から、11月。
退院後、初出勤でした。
職場の皆も暖かく迎えてくれました。
やはり、約3週間近いブランクは大きく、このギャップを埋める事が、今日1日の仕事でした。
未だ、長時間の残業は、ちょっと無理ですが、頑張ります。

北九州では、外が明るくなるのは、午前6時半位、日没もほぼ18時頃です。
今月の末には、夜明けは午前7時前、日没は、17時過ぎになります。
1年で一番昼間が短いのが、11月ですね。

気温の方は、朝でも未だ17度から18度位、日中は、20度越えています。
衣類の調整が、難しい時期でもあります。

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秋葉奈津子様 こんばんは。

昼間は20℃越えて暖かくなりました。
こんな日が続くといいのですが。
段々もみじの色が真っ赤になってきました。
全体的にはまだまだですが。

近くの公園では10月桜が咲いていました。
今の時期に咲く桜は、
何とはなしに華やかさに欠ける気がします。
気温が低いからでしょうか。

今の時期は服装に注意ですね。
言われる通り、
寒暖の差に対応が大変です。

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葉山左京様 こんばんは。

退院依頼、良いお天気が続いています。
朝晩は、10度台半ば、日中は20度台前半としのぎやすいお天気です。

日溜まりでもポカポカと暖かさを感じます。
勤務先で飼っている猫親子も、昼間は日当たりの良い場所で、遊んだり、昼寝をして気持ち良さそうです。
やはり、秋の今頃は、良いですね。

南半球の国々は、今が春です。
南アメリカ、アンデス山脈が国土を横断する、ペルーやボリビアでは、日系人の皆さんが、ペルー桜、ボリビア桜と呼ぶチョリシア・スペシオサの花が一斉に開きます。
昔、南アメリカに移民した皆さんは、その花を見て、日本を偲んだとか。
故国を遠く離れた皆さんの心情が、解るようなお話です。

秋葉奈津子様 こんばんは。

今日は昼間は暖かく、道行く人の中には半そで姿が見られました。
川の土手には黄蝶やトンボの姿も見られ、
数日前の寒さはどこかへ行ってしまったようです。
子供たちが川に入り魚を網ですくっています。
夏へ逆戻りの錯覚さへ抱く天気でした。

南米へ移住した人たちの心の支えは、
チョリシア・スペシオサの花なのでしょうね。

葉山左京様 こんばんは。

文化の日、良いお天気に恵まれています。

気が付くと、桜の葉がほとんど散っていました。
庭の雑草も成長が鈍っています。
それとは対照的にジロくんの換毛期に入り、猛烈に体毛が抜けています。
やはり、植物や動物は、人間以上に敏感に季節の変化を感じていますね。

今の季節、子供さんや若い方は半袖姿。
大人は、長袖に上着姿、お年寄りは結構厚着とバライティーに富んでいます。

南アメリカに移住された、日本人の皆さんも既に2世から3世の時代になっていると聞きます。
それでも、3世の皆さんも日本をこよなく愛する方が、ほとんど様です。

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秋葉奈津子様 こんばんは。

秋晴れの青空が広がり、
暖かい気温でしたが、
夕方から急激に冷え込んできました。

満月が遅くに東の空から上がってきました。
秋の夜空は何とはなしに冷ややかに感じます。
空気が冷え込んで青白い光を醸し出すからでしょうか。

昨日は改憲反対集会が国会周辺を取り巻いていましたからでしょうか。
騒がしい一日でした。

葉山左京様 こんばんは。

今日は、肌寒い1日でした。
お天気も目まぐるしく変わり、雨が降ったり、晴れたりと不安定な1日です。
今日は、北風も強く、関門海峡は白波が立つ程で、船の汽笛もよく聞こえました。
いよいよ、冬の足音が、近づいて来たようです。

今日の満月は、空高く青白い光を放っていますね。
冬に近くなると、更に青さを増し、星たちの瞬乾も綺麗ですよ。

私は、改憲賛成派なので、近寄ると危ないかも。

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秋葉奈津子様 おはようございます。

今朝は9℃になり冷え込んでいます。
紅葉も進み左京区の永観堂では、
夜のライトアップが始まりました。
京都北部の報道も真っ赤になったもみじが見られました。
あちらこちらと
紅葉のシーズン到来です。

人が多くなれば、
マナーも悪くなります。
困ったことです。



葉山左京様 こんばんは。

北九州市内も今日の朝は冷えました。
10度ギリギリだったようですが、日中はそれでも20度近くにはなったようです。
只、今日は雲が多く、陽が陰ると日陰は、寒さを感じます。
7日は立冬ですから、寒くなって当然ですが、やはり春や初秋の爽やかな頃が一番ですね。

処で先日、南アメリカのペルーやボリビアの事を少し書きました。
葉山様は、南十字星と聞いて、どの様な姿を連想しますか?
私は、子供頃から、挿絵などでまとまった十字に並ぶ星の姿を連想していました。
ところが、本当の南十字星は、かなり大きな十字に並ぶ星で、現地の人でも即座に場所を示せる人は、少ないそうです。
ちょうど、南半球の方が、北極星を北に輝く、大変明るい星と考えている事に似てますね。
やはり、先入観は怖いです。

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秋葉奈津子様 こんばんは。

木々の葉がきれいな赤や黄色に染まって来て、
秋の深まりを感じます。
朝晩寒くなりましたが、
今が一番爽やかな気がします。

南十字星と考えれば、
やはりきれいな十字に並ぶ星を考えますね。
北斗七星のわかりやすさだと思いました。

まだ見える場所に行ったことがないので、
残念ですが。

葉山左京様 こんばんは。

朝の冷え込みを感じる毎日です。

北九州市の周辺では、まだ紅葉らしい紅葉は、見当たりませんが、木々の葉は、確実に黄色くなっています。
銀杏拾いの話題も耳にするようになりました。
明日は、立冬。
暦の上でも冬になります。

南十字星、私も見た事はありませんが、私の父がまだ10代だった戦前、国策映画「南十字星は招く」を見た時、そのポスターの姿に惹かれたそうです。
昭和の終わり頃、その父がオーストラリアとニュージーランドに行った時、現地の方に「サザンクロス」と聞いて教えられた姿が、少年時代からのイメージを大きく違って、驚いたそうです。
場合によっては、イメージのままの方が良いかもしれませんね。

秋葉奈津子様 こんばんは。

今日は暑いくらいの気温で、
街中は半そで姿もちらほら見かけました。
それでも
街路樹のイチョウの葉が随分黄色くなりました。
観光バスの量が増えてきました。
修学旅行の生徒たちの姿も目立つようになりました。
春と秋はすごい数の観光客であふれ、
地元経済は活気を取り戻します。

観光客様々ではないでしょうか。

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葉山左京様 こんばんは。

夕方から雨になりました。
お陰で、寒さは殆ど感じません。
今回の雨で、また気温が下がることでしょう。

紅葉の季節が、近づいてきました。

私の修学旅行は、中学、高校とも春でした。
中学の修学旅行は、山陽新幹線が博多開業の前年、最後の在来線での移動で、大変楽しい鉄道の旅でした。
小倉から大津まで、約12時間の列車旅で大津泊、2日目は大津から比叡山、京都を巡って京都泊、3日目は京都から奈良を終日周り大阪へ、そして夜行列車で小倉へ、3泊4日の修学旅行ですが、確かに修学旅行の団体が、本当に多かったです。

秋葉奈津子様 こんばんは。

今日は一日雨でした。
その割には暖かい一日で、
凌ぎやすい温度です。

明日は黄砂が飛来してくるようで、
秋には珍しい現象ですね。
特に北九州の方はひどいでしょうが、
雨が降ると大分少なくなるでしょうね。

こちらの方からの修学旅行は、
九州が多いようです。
楽しい思い出が修学旅行には沢山積み込まれています。
年を取って思い出すのも、
良いものですね。

葉山左京様 こんばんは。

北九州市は、昨晩から雨。
その雨も昼前には上がり、夕方には、雲間から夕日が射し込む程に回復です。
今日の雨は、葉山様が言われる様に、黄砂を含んでいた様で、雨に濡れた車の汚い事!
早速、自宅に帰って洗車しましたが、確かに11月に黄砂とは大変珍しい現象です。
これは、黄土地帯の砂漠化が、一段と進んでいる証拠かもしれません。
遥かな昔、サハラ砂漠が緑の草原や森林に覆われていたのですが、やがて砂漠化が始まりました。
今、中国の西域の自然は、崩壊寸前です。

福岡県の中学校では、修学旅行は関西・近畿が今も主流です。
3年生の春先が殆どようですが、私も当時を思い出します。
一番印象に残っているのは、渡月橋、清水寺、平等院でしょうか。
奈良公園の鹿さんも可愛かったですよ。
仔鹿がずっと付いて来て、離れずの困った思い出もあります。

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秋葉奈津子様 こんばんは。

今日はまた冷え込みました。
暖かくなったり、冷え込んだりして
冬が段々近ずいて来ます。

年を取ってきますと、
正月はいらない気がします。

中国の西域の砂漠化はすごいようですね。
シルクロードの紀行報道がありましたが、
自然の崩壊は目の前のようです。
黄砂の大量飛来が示していますね。

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秋葉奈津子様 おはようございます。

今朝の気温は6℃、かなり冷え込んできました。
今年も寒さが厳しい気がします。
地球温暖化の割には、
暖冬にはならないようですね。

各国々は自国のことばかり考えずに、
もっと、真剣に地球全体のことを考えてほしいものです。

葉山左京様 こんばんは。

昨日は、勤務先の業務時間が終わってから、長崎市迄出張です。
今回は、私は病み上がりとの事で、ハンドルを握る機会は、巡ってきませんでした。
同行の皆は、私がハンドルを握ると、人格が変わるそうなので、安心だった様です。
長崎は、良く訪れる街ですが、残念ながら観光は、まだ一度もありません。
グラバー園も孔子廟も標識で確認するのみなので、一度は観光してみたい街です。
北九州市へ戻ったのは、夕方の19時過ぎですが、市内に入った途端に激しい雨、しかも雷迄鳴っていました。
今年は、本当に雨の多い年ですね。

地球環境が、自国のエゴで片付くのなら、環境問題を議論しても意味はないでしょう。
今の世界は、旧約聖書に記されている、ソドムとゴモラの話にそっくりです。
やがて、神(この場合自然)からの鉄槌が、人類に振り下ろされる時が、来るのでしょうが、その時はそれほど遠い先の事ではないと思っています。

シルクロード、私たちには、大陸的なロマンを感じさせる名称ですね。
敦煌、桜蘭、天山等の名称を耳にすると、雄大な自然に姿を連想しますが、得に桜蘭移籍は、近くにロプノール湖(水は殆ど無い)が在り、ここは中国の核施設と核実験場でもあります。
ここから大量の黄砂が、朝鮮半島を越えてに飛散するのですから、これは悲惨な結果を生むでしょう。

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秋葉奈津子様 こんばんは。

朝起きるのが段々つらくなるほど、
冷え込んできました。
10℃切れば顔を洗う水道水も冷たいですね。
仕事に行く時は寒い寒いと言うわけにはいきませんが。

シルクロードは私の若い時からの夢でした。
車でキャンプしながらヨーロッパまで行けたらいいなーと思っていました。
シルクロードはNHKのキャラバン隊が旅してTVで一時報道していた記憶があります。

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葉山左京様 こんばんは。

今日は、昨晩の雨から一転良いお天気になりました。
でも、風は北風で、結構寒かったですよ。
これから、朝布団から出るのが、辛い日々がやって来そうです。
流石に10度を切るのは、12月の下旬でしょうが、その頃には、体も寒さに慣れてきています。
時々思い出すのは、小学生から高校生の頃の事。
当時、中学、高校の制服は、冬がどんなに寒くてもスカートでした。
真冬の朝、晴天で無風の時、足元が冷気が上がって来るのですが、それが本当に冷たくて、高校生の頃は、寒気の中を自転車で、今考えると若さですね。

東京の日本橋を起点に東名、名神、山陽、九州、福岡都市高速の路線が、アジアンハイウェイルート1です。
博多から韓国の釜山、京城、平壌を経由して、中国を西域に向かい、正にシルクロードを通過して、イラン、トルコ迄延びるハイウェイです。
実際には、大きくインド、パキスタンを経由するルートがルート1ですが、日本からは残念ながら、北朝鮮が控えているため、大陸横断はできません。
私も、アジアンハイウェイの標識を見るたび、ハンドルを握るに前方には、雪を頂いた崑崙の山並みやタクラマカン砂漠で駱駝のキャラバン隊を追い越す幻想を抱いてしまいます。
体が動く間に、一度このルートを走ってみたいものです。

秋葉奈津子様 こんばんは。

我が家の前の団地の道が
枯葉で埋まっています。
強い風が吹くとカサカサと音を立てて
道端に積もっています。
北風が吹き寒さが一段と強くなったようです。

シルクロードを通りパキスタン、インドを越えてトルコのイスタンブールまで行きたいですね。
古代から中世にかけてのいろんな国の盛衰の足跡や遺跡を見て回れたら、
楽しいでしょうが、
今の時代は民族闘争が激しいので、
歴史回廊を回ることが出来ません。
もっと世界が平和になることでしょうが。

葉山左京様 こんばんは。

今日は、1日大変良いお天気でしたが、朝は結構寒かったです。
日中は、青空に幾筋も飛行機雲が、流れていきました。
暖かい毎日が続くと良いのですが、火曜日は又雨模様、週半ばからは気温も下がるそうです。
寒暖の差が、大きくなってきました。

本当にそうですね。
中国から中央アジアを縦断して、トルコ迄自動車で走れたら、どんなに素晴らしい事でしょう。
中央アジアは、民族の勃興が連綿と繰り返された土地。
そこには、かつてその地に栄えた、民族の遺産が眠っています。
そのような場所を巡りながら、トルコ迄行く事ができれば、ヨーロッパは目の前です。

しかし、この中央アジアは、現在も民族闘争が果てしなく続く処。
真に平和な世界の到来を望みます。

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葉山左京様、おはようございます。

大変良いお天気に恵まれています。
今日は、代休を頂きましたので、ジロくんを連れて、久しぶりに自然に触れたいと思っています。
この時期なら、紅葉が綺麗な場所がいくつかあるので、ゆっくりと眺めてみたいものです。

北九州市から比較的近いのは、英彦山の手前の添田街や、大分県の深耶馬渓付近でしょうか。
のんびりと行ってきます。