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2009/03/21

ラーマヤナ(33)・補遺2

ラーマとシータが引き裂かれる理由

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 シータを失ったラーマは、長い間、再婚する事もなく、シータの黄金像を傍らにおいてコーサラ国を統治します。
なぜにラーマはヴィシュヌ神の化身であるにも関わらず、妻を失うという憂き目に遭遇しなければならなかったのでしょうか? 

 ここにも一つ、因縁話があります。
 かつて、ある有名な聖者の妻が神々の怒りを買った悪魔を匿い、これを知ったヴィシュヌは、罰として、その女性の首を斬りおとしたのですが、聖者はたいへん怒り悲しみ、ヴィシュヌに対して呪いの言葉を吐きました。

「私の妻を殺した報いとして、命に限りのある人間として生まれてくるがいい。そして私と同じように、妻を失い、長い期間を一人身で過ごすがいい」

 この様な訳で、ラーマは長いこと愛するシータ無しの人生を送らねばならなかったのです。
インド神話は妙にスジが通っているようなところがあります。
「へ理屈」とか「つじつま合わせ」とも言いますが・・・。一言で済ませるならば「カルマ(業)」ということなのでしょう。
我身に幸運や不運が訪れるのは、カルマであって、人間の力で変える事ができない、という運命論的思想が背景にある様に思います。

 個人的には、この「運命を従容として受け入れる」カルマ思想、インドの多大なる長所であり、短所であると考えています。
唯、何か苦しいことや悲しいことに直面したときには、たいへんに救われるモノの考え方であることには違いありません。

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