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2009/10/09

歴史の?その3

<ナイル河の水源を求めて>

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 「エジプトは、ナイルの賜物」と云われています。
この有名な言葉は、ギリシアの歴史家ヘロドトスが初めて使用したもので、彼は紀元前440年頃、エジプトを旅しました。
彼は、ナイル河が毎年夏至の頃、氾濫する原因をエジプトの人々に尋ねました。
その答えは、
1、海から吹き込む季節風の為、ナイル河が海に注げなくなる。
2、ナイル河は、大地の周囲を流れるオケアノス河から流れて出る。この氾濫は、オケアノス河の性質による。
3、上流地方の雪解け水が、流れて来る。

以上の答えにヘロドトスは、信じる事が出来ませんでした。
1、季節風の吹き込む河は他にも在るが、洪水は起きない。
2、オケアノス河が実在する証拠は、無い。
3、ナイル河の上流は、暑い地方で雪が降る事じたい不可能である。
と結論しました。

 しかし、ヘロドトスは、洪水の理由を求めて、ナイル河の源を知りたいと思い、ナイル河を遡り、エレファンティネ迄行きました。
ここは、ナイル河に在る7つの急流の1番下に辺り、現在のアスワン・ダムより少し上流で、ナイル河の全長5760kmの6分の1程の距離に成ります。
それ以上上流に進む事は、容易では無く、ヘロドトスは、上流地域の事を現地の人々に尋ねました。
「ナイル河の上流には、更に幾つも急流が在り、大きな湖が在り、更に遡るとメロエと云う場所に付く。それ以上上流の事は判らない」との返事でした。
此れより先は、不毛の土地とヘロドトスは、云っています。

 ヘロドトスから500年程後に、ローマ皇帝ネロは、探検隊を組織しナイル河の水源を求めました。
彼等は、エレファンティネの遥か上流のソバト川と云う支流の合流点迄遡りましたが、上流への進行は無理でした。

続く・・・
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