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2009/10/12

歴史の?その6

<ファラオの呪いⅡ>

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 さて、カーナヴォン卿は、1923年に現地で「蚊」に刺され、熱病になり3週間程後に亡くなりましたが、この頃から「ファラオの呪い」と云う噂が広まり始めました。
真偽は兎も角、トゥタンカーメン王墓の発掘に従事した、人々が、1930年頃迄に次々と20人以上死去したと新聞に報じられ「ファラオの呪い」は、有名になりました。
その中には、健康体にも係らず急死した、リチャード・ビゼール(カーターの助手)、自宅の7階から投信自殺した、ウェストベリー卿等が居り、一時は、カーター自身もアメリカで死亡した伝えられた程でした。

 余りの噂にドイツのエジプト学者、シュタインドルフが調査したところ全てが、単なる噂に過ぎない事を実証し「ファラオの呪い」説を打ち消しました。
此れは、トゥタンカーメン王墓の素晴らしさと、カーナヴォン卿の死が余りに急であったので、この様な噂(現在なら都市伝説)が一人歩きした結果でしょう。
尚、カーター本人は、66歳迄無事に生存し、1939年に世を去りました。

続く・・・
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