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2009/11/23

歴史の?その48

<追想・アナスタシア>
私の大好きな映画のタイトルを拝借しました(^^)。

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 1917年2月、第一次世界大戦は、終息に近づいていました。
ロシア帝国の首都、セントペテルスブルグでは、食料が極めて不足し、労働者による示威行動が頻発するように成り、これ等が引き金に成って「二月革命」が起こります。

 その結果、3月2日には皇帝ニコライ二世は退位します。
人民は、パンと土地を求めて蜂起したのですが、臨時政府はその何れも与える事が無かった為、終に10月24日、後に云う「十月革命」が勃発、社会主義国家である、ソビエト政府が誕生しました。

 皇帝一家(皇帝ニコライ二世、皇后アレクサンドラ、皇太子アレクセイ、第一王女オリガ、第二皇女タチアーナ、第三王女マリア、第四皇女アナスタシア)は、「二月革命」の後、ツァールスコエ・セロのアレクサンドルスキー宮殿に軟禁状態に置かれていました。
皇帝ニコライ二世は、臨時政府の皇帝一家イギリス亡命計画に否定的で、ロシアに留まる決意をしていましたが、当時のイギリス政府は、この計画に賛同し、巡洋艦の派遣を打診していました。

 しかし、亡命が実現しない間に、事態は皇帝一家に対する憎悪が増大する一方となり、首都セントペテルスブルグ近郊では危険な為、8月14日に西シベリアのトボリスクに移送されます。
本来、ロマノフ王朝時代の流刑地であるシベリアに、皇帝一家を送る事で、民心の憎悪を少しでも軽減する計画で有ったと思われます。

 トボリスクはシベリアで、最も古い街の一つですが、当時はさびれて人口2万5千人余り、人身の混乱が沈静化するまで、この様な辺ぴな場所に皇帝一家を静に暮らさせ様とする、臨時政府の計らいでした。
事実、皇帝一家は、監視付きではあるものの、家庭生活を楽しむ事もでき、当時の写真も残されています。

 しかし、「十月革命」以後皇帝一家に対する扱いは、次第に悪化し、更に先の亡命計画も表面化し、民心の更なる悪化を理由に、1918年4月30日、ウラル州エカテリンブルグへ移送され、皇帝一家は、イパーチェフと云う技師の家に監禁されました。

 その頃、チェコ軍を中心とした白軍(反革命軍)の勢力が、日増しに増大し、エカテリンブルグでも労働者を徴兵して部隊を編成し、戦線に送っていました。
白軍の勢力は、増大する一方で、エカテリンブルグに迫り、市内の皇帝派も是に同調するように成ります。

 この様な事態に至り、ウラル州ソビエト(地方政府)は会議を招集、一切の裁判無しに、皇帝一家を抹殺する事を決定してしまいました。
是は後に、中央ソビエト政府の指示とも、ウラル州ソビエトの暴走とも伝えられ、現在でも決着していません。

 1918年7月16日の深夜、皇帝一家は突然起こされ、「市内に暴動が起こっているから、安全な所に移った方が良い」と言われ、一家は身支度をし、侍医、調理人、女官、小間使いを連れて、半地下室に成っている1階に集まりました。
其処で、合計11人の皇帝一家と関係者が銃殺されます。
時にニコライ二世50歳、アレクサンドラ46歳、アレクセイ14歳、オリガ23歳、タチアーナ21歳、マリア19歳、アナスタシア17歳でした。

 その後、皇帝一家の生存説は、実しやかに伝えられるのですが、第二次世界大戦の終結後、アナスタシア姫(アナスタシア・ニコライブナ)を自称するアンダーソンと名乗る女性が現れ、ハンブルグの裁判所に、身分確認の訴訟を起こします。
彼女曰く、「あの虐殺時、彼女だけは運良く命が助かり、その後各地を転々として、最後はドイツの村にひっそりと生活していた」と云います。
ロマノフ王朝は、スェーデン王室をはじめ、ヨーロッパの主要王室と親類関係に在りましたので、この事件は当時世間の話題と成りました。

 更に彼女が、真実のアナスタシア姫で在ったなら、ニコライ二世が彼女の為に、イングランド銀行に預金されていた、1千万ポンド(その後利子が付き、現在で如何なる金額になるか不明)が、アンダーソンと名乗る女性のものと成る為、より一層関心を呼び、映画化(「アナスタシア:邦題・追想」ユル・ブリンナー、イングリット・バーグマン競演)迄されました。

 裁判の結果は「証拠無し」として却下され、彼女はその後も新たな証拠を提示しましたが、結果的には敗訴に終わっています。
身の危険を感じ、1950年頃迄、沈黙を守ってきたと解釈する事もできますが、「なぜ?」と疑問を提示せざるを得ない事件でした。

 皇帝一家の処刑は、短時間且つ極めて合理的に実行され、銃殺後あらためて一人一人に拳銃による留めをさした後、死体を硫酸とガソリンで殆んど何も残らない様に処理し、鉱山の廃坑に遺棄しています。
近年、問題の廃坑から、遺骸の一部と衣類の断片が発見され、ロシア政府は公式に皇帝一家のものである事が証明されました。
この様に徹底した“処刑”を遂行した人々が、王女一人を見逃す事は、考え難いと思います。

続く・・・

PS:個人的に映画のアナスタシアは、本当に素晴らしい作品と思います。
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