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2009/11/27

歴史の?その52

<大河文明>

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 人類が野獣を狩猟し、木の実、草の根等を採集して生活していた間は、もちろん、獲物を追って移住していました。
やがて人類は、牧畜や農業を営みはじめましたが、一箇所に定住する事は、中々できませんでした。
牧畜を行う為には、牧草のある場所を探してして移動し、農業も同時期に始まりましたが、未だ肥料を与える概念が存在しなかったので、地味が痩せると、他の場所へ移動せざるを得ませんでした。

 農業には、水が欠かせません。
その為、農業を行う人々は、次第に河川の流域に集まり、川は時として洪水等の被害をおよぼしますが、一方では上流から新しい泥を下流へと運び、肥料を与える事は知らずとも、毎年上流から、新しい泥が運ばれてくる為、この様な場所では、一箇所に定住する事が可能となり、移住の必要が無くなりました。

 人類が最初に定住農耕を始めたのは、メソポタミア北部と云われ、其れは紀元前6000年頃と推定されています。
定住する様になれば、建物や道路、又道具等も作られる様に成り、大河の流域にまず文明が生れる事と成りました。
ティグリス・ユーフラテス川(メソポタミア)、ナイル河(エジプト)、黄河(中国)、インダス川(インド)の流域等に早くから、金石併用文化が発生したのは、上述の様な理由からでした。

 しかし、これ等の地域では、洪水を防ぐ為に堤防を造り、灌漑用の運河を掘削する必要が在り、当時の人々は、人力を合わせて、大規模な土木工事を遂行しました。
又その為には、強力な指導者が必要で、これら地域には、絶大な権力を持った専制的統治者が発生する事が、普通でエジプトは、ナルメル王の基に統一され、第一王朝の開闢は、紀元前3000年頃であり、サルゴン王による、メソポタミア統一は、紀元前2300年頃と云われています。

内容紹介
歴史の?その3・4 ナイルの水源を求めて
歴史の?その5・6 ファラオの呪い
歴史の?その7  モヘンジョ・ダロ
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