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2009/12/24

歴史の?その76

<辻 政信氏の失踪:中編>

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◎羽田を発って10日間の足取り

 昭和36年4月4日午前9時30分、辻氏は羽田空港を飛び発ちました。
“東南アジア諸国の視察と、戦没者の慰霊”が今回の旅行の目的で、国会には40日間の請暇届を提出していました。
その翌日、辻氏は南ベトナムの首都サイゴン(現・ベトナム社会主義共和国・ホーチミン)に到着、黒い背広にスーツケース1個の軽装。
「香港経由で此方に来ました。是からプノンペン(カンボジア)、バンコク(タイ)、ビエンチャン(ラオス)方面を訪問する予定です」とサイゴンで関係者に語っています。

 事実、その後の足取りは、サイゴン4泊、プノンペン3泊、バンコク3泊と予定通り印され、そして最後の目的地ラオスのビエンチャンには、4月14日に到着しました。
此処迄の足取りは実に明確なのですが、これから僅か数日後に、辻氏の消息は不明となるのでした。

 日本国内で“辻氏が行方不明”のニュースが明らかにされたのは、4月20日。
同氏の秘書が参議院事務局に「連絡が取れない」と報告、早速調査が開始されました。

◎僧衣に姿を変えて出発

 ビエンチャンのホテルに宿泊していたはずの辻氏は、一体何処に失踪したのでしょうか?
しかし、間もなく謎の一部は明らかに成りました。
辻氏は東南アジア風の黄色い僧衣に着替えて、日本の位の高い僧「高木」と名乗り、同地の有名な寺院であるクンタ寺院の僧侶二人の案内で、4月19日ビエンチャンを出発した事が判りました。

 その情報源によれば、辻氏は最初の二人の僧侶の案内で或る地域に赴き、次には又別の僧侶の案内を受けるという具合に、寺院から寺院をリレーする方法で、奥地に入って行ったと云います。
更に新しい情報では、6月頃ビエンチャンの東北に在る旧都ルアンブラバンに通じる国道13号線上に位置するバンビエンの街で辻氏の目撃証言も得られました。

 是で、辻氏が僧侶の姿をして奥地に進んだらしい事は判明したものの、謎は解けるよりも更に新たな謎が発生しました。
なぜなら、辻氏は何の目的でそんな場所へ行ったのか?何故僧侶に返送する必要が有ったのか?そして、辻氏は其れを誰にも知らせず、なぜ帰らないのでしょうか?

続く・・・
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