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2010/01/09

歴史の?その85

<ニュルンベルグの孤児:前編>

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 1828年のホイットマンディ(復活祭後第7日曜日の翌日)の事、年齢は16歳位の見慣れぬ顔の少年が、ドイツのニュルンベルグの町に姿を現しました。
擦り切れた野良着を身に付けた彼を、誰もが浮浪者か酔っ払いと思った程でした。
少年は“ニュルンベルグ駐留第6騎兵隊内第4中隊長”宛の手紙を所持していました。

 一人の靴職人が少年を、中隊長の家に連れて行きましたが、少年は鸚鵡の様に「私は父の様に、軍人に成りたいのです」を繰り返すばかりでした。
警察署に移された少年は、あらゆる尋問に「知らない」と答え、この少年の精神年齢は、3歳から4歳で止まっている様でしたが、紙と鉛筆を渡されると“Kasper Hauser”と自分の名前を綴る事はできました。

 カスパー・ハウザーは浮浪者に収容所に送られ、所持していた無署名の手紙が検査され、その手紙には次の様な文章が書かれていました。
「隊長閣下、軍務について閣下にお使えしたいと望む少年をお届します。彼は1812年10月7日に、我家の前に捨てられておりました。私はしがない日雇いに過ぎません。家には10人の子供達が居り、我子を育てる事に精一杯でございます。私は其れでも、1812年以来、少年を我家において参りました。・・・彼をお抱え下さるおつもりが無いのでしたら、殺すなり、煙突の上に吊るすなり、ご随意になさって下さい」。

 カスパー・ハウザーは牢番の家に引き取られましたが、少年の体は良く成長しているものの、足の裏は新生児の其れの様に柔らかく、歩こうとすると、漸く立ち上がった赤子の様によろめきました。

◎育てられた環境

 カスパー・ハウザーは直ぐに、途切れ途切れながら会話が出来る様になり、食物はパンと水しか受け付けませんでした。
牢番の妻が入浴させる時も恥ずかしがらず、男女の違いさえ分からない様でした。
この様な状況から、少年には、背後に何か重大な秘密があるに違いない、と牢番は考えました。

 謎の少年は、次第に人々の興味を呼び始め、若いダウマー博士が彼に教育を施した結果、カスパーは終に、彼の驚くべき過去を垣間見せる事が出来る様に成りました。

 カスパー・ハウザーは、ニュルンベルグにやって来る迄、自分が会った人間は一人きりだったと語り、奥行き2m、幅1.2m、高さ僅か1.5mの小部屋で暮らし、腰掛けるか、横になる姿勢しかとれなかった事、毎朝、目が覚めると水差しと一切れのパンが置かれており、水は時々苦い味がして、飲むと眠くなり、其の後起きて見ると、衣服が変わり体も綺麗になっていた事を話しました。

 或る日、一人の男がやって来て、“Kasper Hauser”の綴り方と「私は父の様に軍人になりたいのです」と言う言い方を教え、その後彼は、カスパーを抱えあげて外は連れ出しました。
太陽の光と外気に初めてふれたカスパーは、気を失い、改めて気が付くと、ニュルンベルグの町を彷徨っていたと言う事でした。

後編へ続く・・・
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