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2010/01/12

歴史の?その88

<アメリカ大陸の発見:後編>

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◎ウェールズ人説

 昨日のお話以上に捕らえどころの無い話が、ウェールズ人の話で、マドク・アプ・オウェイン・グイネス殿下が、1170年にモビール湾に上陸、ウェールズ語を残した事に成っています。
ミズーリ川上流の色白のインディアン、マンダン族はこのウェールズ人の子孫であるとの説も存在しますが、これは単なる空想に過ぎず、研究者はこの説の矛盾、誤りをはっきりと指摘しています。

◎スカンジナビア人の発見

 スカンジナビアの人々が、“新世界”を発見した事は、資料や遺跡、グリーンランドで発見された墓地、ニューファンドランドの考古学的発見から、しっかりとした根拠が存在します。
しかし、スカンジナビアの人々が、北アメリカに定住したという、確実な証拠は、存在していません。

 伝承によれば、ノルウェー人ビジャーニ・ヘルユフソンが、986年にグリーンランドに向かう途中、強風の為針路を外れ、アメリカに達したと云います。
それから約15年後、グリーンランドを発見し、殖民地にしたレイブ・エリクソンは、ビジャーニの語った、平坦な森林地帯を見つけてやろうと決意し、やがて彼は、「野生の葡萄や自生の小麦が育っている場所」に行き着き、この場所を「良き国・ビンランド」と名付け、ここに小屋を建てて冬を越し、又船に乗ってグリーンランドに帰って行きました。

◎ビンランドの謎

 其れから7年後、グリーンランドの商人、ソーフィン・カールセブニが、レイブのビンランドに植民地を建設しようと試み、約250人の入植者と共に、レイブの入植地に上陸しました。
しかしながら、後に原住民と衝突し、グリーンランドに引き上げます。

 このビンランドが何処の場所を指すのか、この問題を廻って研究者の果てしない憶測が繰り返されました。
レイブが野生の葡萄を見つけたのなら、ノバスコシアか、ケープコッド付近と思われますが、ニューファンドランドのランソー・メドウズでの発掘調査から、この土地が、レイブの入植地で在った事は保々確実と考えられています。

◎遺物か?ジョークなのか?

 他の遺物の発見を根拠として、スカンジナビアの人々が更に内陸へ進んだとする説も存在します。
西暦1000年頃オンタリオに、1362年にはミネソタのレッド川渓谷に入ったとする説で、オンタリオの墓地で発見された、バイキングの剣、斧、楯の鉄製品は、研究者から本物と鑑定されました。
しかし、サミュエル・エリオット・モリソンは是等の遺物をジョークであるとして、一笑に付しています。

◎クリストバル・コロンの登場

 終に1492年、クリストバル・コロンが大西洋を横断して“新大陸”に到達しました。
最も彼には、その場所が何処か分からず、それをアジアの一部と思い続けていました。

 現在でも研究者の間では、アメリカ発見について、調査研究が進んでいますが、当時の混乱ぶりをマーク・トォーエンは次の様に語りました。
「多くの研究者は、既にこの問題の実態をひどくぼかしてしまった。もし彼らが今後もこの様な事を継続すれば、我々はやがて、この事象について何一つ解明できない事になるだろう」。

本編終了・・・
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