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2010/02/16

歴史の?その122

<キリスト時代の巻物:後編>

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◎エッセネ派

 発見された文書の内、クムラン修道院の生活について記されている部分は、この時代のユダヤ教の宗派で、約4000人の宗徒を要していた、エッセネ派の人々の生活と一致します。
ローマの歴史家プリニウスは、エッセネ派は死海の西側に住んでいると書かれており、其処は当に修道院が発掘された地域であり、キルベット・クムランは、エッセネ派の本拠地であったと推定されます。
この発見は、聖書研究に新しい資料を提供しました。

◎キリスト教の始まり

 この宗派の「修養の手引」をはじめとする幾つかの文書は、エッセネ派と初期キリスト教運動が、驚く程良く似ていたことを明らかにしたと言えます。
エッセネ教団に入団を欲する者は、其れまでの絆と、世俗的な財産を放棄しなければ成りませんでした。

 宗徒は質素な生活を心がけ、思想の純粋さ、謙遜、やさしさを目指して修行したのです。
儀式としては、懺悔による精神の浄化を象徴する、水を使った儀式と、聖餐と会食が行われました。
宗徒は、共同生活を営む事を義務付けられたのです。

 研究者は、巻物に述べられている、「義の教師」が、何者なのかという問題に解決を見出していません。
しかし、多くの表現や倫理的な考え方が、新約聖書と多くの点で、似ている事、特に「道」、「光」、「暗黒」の力の闘争といった面が述べられている事に、研究者は衝撃を隠せませんでした。

 洗礼者ヨハネが、エッセネ派であったと信じている人々も存在し、キリストも又、そうではなかったのかと云われています。
もし、その通りで有るならば、救いに至る道として、モーゼの律法を守る律法万能主義の宗派から、彼は後に離脱したのでした。

 研究者は現在も断片と化した写本の研究を継続していますが、死海文書がその全てを明らかにする迄には、まだ可也の年月を必要としています。

本編終了・・・

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コメント

非公開コメント

いつも勉強になりますm(__)m
戒律を守る
戒め
律法
全財産を棄てる
凡夫の私には
到底真似出来ませんね(´ε`)=3
歴史の中からどのようなことを感じられるのですか?

携帯からでした

神と富

何時も、コメントありがとうございます。

私自身、物質文明の中にどっぷりと浸かってしまっているので、戒律厳守、禁欲生活は余りにかけ離れた世界の話で無理です。
ブロクで紹介した時代、既にローマは物欲の時代でしたが、地域によってはまだまだ、人間の理性によって生きる事のできる人々が居たのだと思います。
自ら身を正す事で、神の高みに到達する事を願い、純真、良心、敬いを持って生活を送ったのだと思います。
私も学生時代、聖書も読みましたが、その一節に「人は、神にも、富(マモン)の両方に使える事はできません」との文言がありました。
その一節には、現在も賛同します。(取り止めの無い文書ですみません)