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2010/02/18

歴史の?その124

<ユダヤ人抵抗の砦マサダ:後編>

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◎ローマの復讐

 西暦72年、ローマのユダヤ執政官フラィウス・シルバは、恐るべきローマ第10軍団の先頭に立ち、マサダに進撃しました。
73年の初頭迄に、彼は砦を取り囲む壁を造り、男も、女も、子供も、誰一人ローマの復讐から、逃れる事が出来ない様にしてから、攻略の準備を開始したのでした。
攻撃に最適の場所は、西側の突出部で、ローマ軍は其処に向かって、巨大な土の傾斜路を築き、その頂上に攻撃の本拠となる石の搭を造り、石弓等の武器を持って攻撃を開始しました。
マサダの陥落は、もはや時間の問題と成り、その運命は定まったのです。

 1900年後、発掘者は、ローマ軍に抵抗した彼らの、絶望的な最後の日の証拠を掘り出します。
火をかけられなかった貯蔵食料や、食糧の配給券らしい、青銅のコインの山が発見されたのです。
様々な建物の破片の中に、14巻にのぼる巻物の断片が発見され、夫々がある程度正確に、紀元前1世紀から紀元後73年迄の物である事が確認され、この中には、聖書の申命記、エゼキエル書、詩篇、外典の一部等の抜粋が含まれており、有る物には、死海写本と同様な、宗派の聖句が書かれていました。

 ローマ軍が進行してきたと予想される方角を見下ろす戦略地点で、考古学者は11個の陶器片を発見しました。
夫々に名前が書かれており、明らかに同じ筆跡で、その内の一つには、ベン・ヤーイルの名前が在りました。

 10本の籤の他に、英雄的指導者、エレアザル・ベン・ヤーイルの名前を書いた、11本目の籤が存在したのでしょうか?
そして、彼が最後の生き残った男となり、自ら剣で命を絶ったのでしょうか?
彼程の男が、自分の部下に求めた恐ろしい命令に、怯む事はまず考えられません。
今日、マサダは聖地として、イスラエルの人々によって保存され、イスラエル軍に入営する新兵は皆、「マサダは二度と陥落させない」と誓う事が伝統となっています。

本編終了・・・
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コメント

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「マサダは二度と陥落させない」
 ⇒民族の誇りと歴史と民族愛ですね
感動します
それに比べ、神話の国、日本の現状は・・・嘆かわしいですね(;~∧~;)ヾ

民族意識

今回のマサダに限らず、外国には、民族の誇りを強く感じる歴史があります。
特にユダヤ民族は、遥か古代のバビロン捕囚から出エジプト、更に近年のナチスによるユダヤ撲滅とその民族の存亡をかけた歴史の繰り返しですから、民族意識も強いのだと思います。
一方日本人は、島国で殆ど侵略戦争らしきものを経験せず、その領土内だけを保って来たため、排他的ではあるものの、自分たちを守ると言う概念が生まれなかったのだと思います。
もし、日本が現在の満州、朝鮮半島一帯を領土した国家なら、その歴史は異民族との抗争の歴史になっていたはずで、今の日本人はもっと違った意味で、強い団結力を持つ民族になっていたと思います。