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2010/02/27

歴史の?その132

<翼よ、あれがパリの灯だ:中編>

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 1927年5月10日、リンドバーグはサンディエゴを出発、ニューヨークに向かいました。
他にも2機の機体が既に待機し、天候の回復を待っていたのです。
しかも、大西洋初横断飛行に成功した、飛行士には25000ドルのオーティグ賞が掛かっていたのでした。

 果てしなく思われた天候回復の待ち時間も終わりに近づいた頃、リンドバーグの頭は、最後の準備と天候の事でいっぱいでした。
当時この様な大飛行に天候は、最も重要な成功要因に成っており、リンドバーグがニューヨークに到着以来、大西洋上は、濃霧、嵐の悪天候が続いていたのでした。

◎離  陸

 5月19日夜、リンドバーグは、大西洋上の天候が回復に向かっているという、報告を受け、ホテルで落ち着かない、仮眠を取った後、敢えて早朝に出発する事に決めました。

 その朝は、憂鬱な雨模様で、ルーズベルト飛行場から、ひどくもたついた離陸を行った“スピリット・オヴ・セントルイス”は、突然力を得て上昇し、機首を北東に向けて、ニューイングランド海岸を目指しました。
彼は、メルカトル投影図法の海図を徹底的にチェックし直し、この海図を基に、北上しつつ弓なりに飛行するルートを設定していました。
そのコースは、ニューイングランドからノバスコシア、ニューファンドランドの上空を通過し、北大西洋上3200kmを一気に横断、アイルランド海岸に達し更に、イギリス本土から英仏海峡を飛び越え、パリ、ル・ブルージュ飛行場に着くと言うものでした。

 離陸後、リンドバーグの飛行は順調に進み、愛機はマサチューセッツ海岸とノバスコシア海岸の間の大西洋上を快調に飛行していました。
その時、彼は激しい疲労感を感じ、この疲労感は、飛行中ずっと彼を悩まし続ける結果と成りました。

後編へ続く・・・

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