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2010/03/16

歴史の?その148:クラク・デ・シュバリエ:後編

<クラク・デ・シュバリエ:後編>

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 無闇な攻撃は、侵略者側にとって、味方の死傷者を増やすだけで在り、更に包囲戦に持ち込む事は、同様に長期戦を強いられました。
主要な十字軍の砦は、何処も同じですが、クラク・デ・シュバリエも、膨大な食糧や水を蓄えており、その量は、2000人の守備隊が少なくとも1年間、飲み食いしながら戦うに十分で、その間に救援、増援部隊を呼ぶ事も可能でした。

◎陥  落

 クラク・デ・シュバリエは、難攻不落の城砦の様に思われ、事実、英知と勇猛さで名声を上げた、サラディンでさえ、この城砦を落とす事ができず、後退した程でした。
しかし、1271年イスラムの指導者の1人バイバルスが、十字軍の砦や町を次々に席捲し、最後に残ったクラク・デ・シュバリエを攻略する為、エジプト軍を伴って侵攻して来たのです。

 この時、城砦の守備軍は大変手薄に成っており、第8次十字軍遠征失敗の1年前で、増援部隊を望む事は、もはや不可能でしたが、砦に残った修道士達は、傭兵を指揮して頑強に抵抗しました。

 バイバルスは、頑強な抵抗の壁を一枚一枚剥がすような努力を重ね、始め彼は、懸命に城壁の下を掘ったのですが、南西側の外壁が壊れた時、その後に内側の防護壁が大きく、立ちはだかっていたのでした。

◎策  謀

 バイバルスは敗北を認める事は出来ず、更にこれ以上の長期戦に持ち込む考えも在りませんでした。
彼は、伝書鳩を使い、トリポリのホスピタル騎士団指揮官の名前を騙り、「援軍を送る事が、出来ないので、降伏せよ」との内容の手紙を送り、その命令は守られ、ここに難攻不落として知られたクラク・デ・シュバリエは陥落したのでした。
バイバルスは、降伏した守備隊を騎士道に従って寛大に扱い、自由にトリポリに行かせたと云います。

 この城砦の保守状態は、大変良く、現在でも往事の姿をそのまま伝えており、軍事的な建築物の見本として、最高の物の一つに数えられています。
アラビアのローレンスの言葉を借りれば、「クラク・デ・シュバリエは、手放しで絶賛できる、世界最高の城」なのです。

本編終了・・・
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コメント

非公開コメント

沢山の城塞が現存するのですね
驚きました

知恵比べ、根競べ、最後は執念ですか…
宗教が絡むから全滅覚悟、命がけですねえ…