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2010/03/29

歴史の?その159:英独情報戦のエピソード③

<英独情報戦のエピソード③:紙幣偽造作戦>

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 ドイツ第三帝国が、1945年5月に降伏した数日後、2100万ポンドにも上るイギリス紙幣を積んだトラックが、アメリカ軍情報機関に引渡されました。
オーストリアのエンス川には、更に多量の紙幣が浮いているとの情報も流れました。

 イングランド銀行の関係者がフランクフルトに向かい、紙幣を鑑定した結果、やがてナチスドイツによる大規模な紙幣偽造作戦、ベルンハルト作戦の全貌が浮上して来たのです。

 戦時中、本物と殆んど見分けのつかない偽造紙幣が、10万ポンドずつの束で大量にチューリッヒやリスボン、ストックホルム等の中立都市からロンドンに流入していました。
イングランド銀行は、犯罪組織の仕業と考えていましたが、エジンバラで逮捕されたドイツ諜報員の所持品から、其れまで見た事も無い程に精巧な、偽造紙幣が発見されたのでした。

◎陰  謀

 トラック1台分の紙幣が出る迄、銀行側に証拠は無く、トラックを運転してきたドイツ人将校は、オーストリアのレートル・ツィプフ付近で、親衛隊から金を受け取ったと語り、事実、ツィプフ付近の山の山腹に掘られたトンネルに、印刷機が隠されていたものの、原版や用紙、記録の類は一切発見されませんでした。

 偽造作戦を指揮した、ベルンハルト・クルーガー少佐の名前を取ったベルンハルト作戦は、当初アンドレアス作戦と呼称されゲシュタポのハインリッヒ・ヒムラーが考案した計画で、目的は、イギリス経済の破壊でしたが、ドイツ国立銀行は、イギリスが同様の手段で報復する事を恐れて、偽造計画に抵抗します。

 其処で、クルーガーは、製版工と印刷職人を強制収容所の中で、待遇改善を餌に徴用し、彼らは秘密厳守を誓わされ、ベルリン近郊のザクセンハウゼン収容所で偽造作業を始めたのです。

 原版が造られ、イングランド銀行の紙幣が再現されました。
偽造紙幣の第一刷は、中立国に潜伏している諜報員に送られ、現地の金融機関は、其のポンド紙幣を本物と信じて疑いませんでした。

 戦争の行方がドイツに不利になって来た時、ヒムラーは作戦の中止を決定しますが、クルーガーは彼を説き伏せて、製版工場をアルプスへ移動させます。
偽造に関与した、職人達がナチスの脱走兵に、偽造紙幣と証拠の記録を渡す恐れがあると言う理由の為に。

 印刷設備の移動が完了した頃、連合軍のドイツ侵攻は目前に迫り、クルーガーは原版を廃棄したものの、偽造紙幣の山迄処理する事が出来ず、連合軍に摘発されたのでした。
イングランド銀行の見積りでは、偽ポンド紙幣は900万枚、価格にして1億5千万ポンドが印刷されたと見られました。
其の後、ベルンハルト・クルーガー少佐の姿を見た者は居ません・・・。

続く・・・
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