FC2ブログ
2010/04/01

歴史の?その162:二つの大陸を結ぶ電信線:中編

<二つの大陸を結ぶ電信線:中編>

HMSAgamemnon2_convert_20100401211532.jpg

 1858年には、再度違った方法が採用され、二隻は大西洋の中間地点で会合し、両方に積まれた電線を接続の上、アメリカ艦はニューファンドランドへ、イギリス艦はバレンシア湾に向かって航行する予定でしたが、この方法も3回の切断事故に見舞われてしまいます。

◎束の間の成功

 イギリスで開かれた、大西洋海底電線会社の重役会は、陰気な空気に包まれ、重役の幾人かは辞任してしまいますが、其れでも、もう一度挑戦する事で、役員会議は収拾されました。
7月29日、アガメムノン号とナイアガラ号は、大西洋の中間地点で会合し、最後の電線の送り出しを開始します。
乗組員、関係者の中で作業が成功すると、思っている人間は皆無でしたが、幾度か事故寸前迄行った事もあったにも関わらず、1858年8月5日、ニューファンドランドのナイアガラ号から、バレンシア湾のアガメムノン号へ、初めて信号が打電されます。

 是は、全く予想外の成功で、両国は大変な興奮に包まれました。
9月1日には、フィールドの栄誉を称えて、ニューヨーク市民の歓呼の下、盛大な祝賀会が挙行されます。
しかし、式典の参加者には知らされていませんでしたが、当初から完全に作動していなかった、海底電線が、正に式典の当日、機能停止を起こしてしまいました。

 この機能停止には、数々の要因が在り、度重なる断線事故で劣化していた電信線に、アメリカ側が2000Vの電圧をかけた結果、劣化部分が短絡して完全に機能停止と成ったのです。

 この事実が公にされると、一般の反響は手厳しいものでした。
電線等最初から敷設されておらず、この事業全体が、フィールドの大掛かりな陰謀だと非難する人物も登場し、イギリスでは、商務省が調査委員会を設置します。
1860年に提出された報告書には、新しい電線の製造、敷設、維持に適切な注意が払われるなら、この事業は成功するとの見解が示されます。

 幾たびも電線の設計と試験を繰り返し後、1865年に新しい電線が製作され、長さ3680km、直系2.5cm以上の太さを有し、中心部の電線は最初期の電線の3倍近く、頑丈に保護され、総重量はその2倍近いものと成りましたが、浮揚性は、遥かにすぐれたものでした。
更に5000トンにも及ぶ資材を1隻で積載出来る、当時世界最大の蒸気船、グレート・イースタン号の使用が可能と成りました。

後編へ続く・・・
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント