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2010/06/08

歴史の?その213:正史の中の疑問⑳:ミノタウロス

<正史の中の疑問⑳:ミノタウロス>

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 ギリシアと小アジアに挟まれた多島海、エーゲ海の南にクレタ島が在ります。
クレタ島には、複雑な内部構造を持つ建造物「迷宮:ラピュリントス」が在り、此処は1度入ると2度と外部に出る事は出来ないと云われてきました。
その上、この迷宮には、頭が牛、体が人間の「ミノタウロス」が住み、生きている人間を餌食にしていいたと云います。

 アテネの王子テセウスは、クレタの王女アドリアネの教示に従い、糸玉を持って迷宮に入り、ミノタウロスを倒し無事に迷宮からの脱出に成功しました。
さて、「迷宮」・「ミノタウロス」、如何にも神話に有りそうな不思議なお話で、とても実話とは思えません。
上記のテセウスの伝説を著した、ギリシア人プルタルコスも「大変、芝居じみた話」として、紹介しています。

 ところが、この神話伝説が、全くの作り事ではなかった事が、現在からほぼ1世紀前に明らかに成りました。
20世紀初頭、1900年頃から、英国人考古学者アーサー・エバンズは、クレタ文面の中心地クノッソスの発掘作業を開始し、やがて古代クレタ文明に登場する、ミノス王の王宮跡を発見しました。
王宮は、正しく迷路で、大きなそして複雑な建造物でしたが、これは、その敷地が平地ではない事も有り、ある場所では、4階、別に場所では、1階という様な建物で、しかも100以上もの部屋を持っていました。
廊下は、曲がり階段は、四方に在ると言った状況で、本当に1度入ったら、出口を見つける事は難しく、「迷宮」の伝説を生に相応しい建物でした。

 この王宮が、栄えたのは、約3500年前の事で、当時エーゲ海には、「エーゲ文明」と呼称される金石併用文明が在り、クレタ島は、その中心で、クレタ島を統治したミノス王は、エーゲ海の島々、更にはギリシア本土迄勢力を伸ばしていたのでした。

 クレタでは、絵画が発達し、王宮の壁や天井には、多くの壁画が描かれ、その写実的な技法は、美術的にも優れていますが、当時、クレタ島に生きた人々の生活を垣間見る素晴らしい資料でも在ります。
これらの絵画からクレタ島に生きた人々は、農業・漁業・貿易等を営み、明るい生活を送っていた事が読み取れます。

 王宮の発掘によって「迷宮」の謎は、解けましたが、そこに住んでいた「ミノタウロス」の謎もやがて判明しました。
英国人神学者ハリソンは、発掘された、クノッソス王宮の壁画、彫刻等から、クレタ島では、牛が聖獣で神として崇拝され、牛の角は神聖な物の象徴とされており、祭りの時は、牛の角を握って牛の上を飛び越す「牛飛び」競技が行われたのでした。
クレタの王は、最高神官も兼ねていたので、時には牛の被り物を付け、神そのものを演じていたのです。
この祭りが「ミノタウロス」の伝説を形成したのですが、「ミノタウロス」は、「ミノスの牡牛」の意味であり、アテネの王子テセウスが、ミノタウロスを倒した事を神話ではなく、事実の物語として考察される事もあります。

 この様に「迷宮」「ミノタウロス」の謎は、解明されて行きましたが、この文明を創りあげた人々がどの様な人種であったのか、又彼等の使用した絵文字の他、ミノア線文字Aは、現在でも解明されていません。

続く・・・
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