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2010/06/16

歴史の?その219:正史の中の疑問26:ルビコン川はどの川なのか・前編

<正史の中の疑問26:ルビコン川はどの川なのか・前編>

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 歴史上の著名人は、数多く居ますが、ローマ時代のユリウス・カエサル程、色々な意味で引用される人物も少ないのではないでしょうか。
彼のカエサルと言う姓は、後年役職の名称となり、更には「皇帝」を意味する言葉になりました。
帝政ロシア時代、皇帝を意味する「ツァー」、ドイツ帝国時代の「カイゼル」供にカエサルのロシア語、ドイツ語読みであり、この様な事例は、殆んど無いと思われます。
嘗て「太閤」が豊臣秀吉を指す言葉になった例は、ありますが、ゲーテが素晴らしい詩人でも、他の詩人をゲーテと呼ぶ習慣はありません。

 更に、その言葉が、格言化した事例もカエサルが、第一であろうと考えられます。
「さいは投げられた」「ルビコンを渡る」「着たり、見たり、勝ちたり」「ブルータスお前もか」等の諺は、全てカエサルから来ているのです。
尚、「カエサルの物はカエサルに」と云う聖書におけるキリストの言葉は、彼の事を指し示すのではなく、役職としての「カエサル」を示しているのです。
又、「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の顔(歴史)は変わっていただろう」と云う有名な言葉は、フランスの哲学者パスカルの言葉で、「カエサル」は表面に出てきませんが、裏の意味として含まれています。

 紀元前60年、カエサルは、ポンペイウス、クラッススと結んで「第一次三頭政治」を始め、元老院に対抗し、彼はガリア(イタリア北部から現在のフランスに至る、ケルト人の居住地域)を平定します。
カエサルの名声が、ガリアの地で高まるにつれ、ポンペイウスは彼から離反し、元老院と結託して、紀元前49年、
カエサルは、任地ガリアからローマへの帰還を命じられました。

 ローマへの帰還は、軍隊の武装解除を意味しますが、カエサルは、ルビコン川の対岸で、しばし熟慮の後「さいは投げられた」と言い、軍隊の武装解除をせずに「ルビコンを渡り」ローマ帝国の国境を越えました。
この事から、思い切った冒険、判断をする時、「さいは投げられた」なる諺が生まれましたが、この言葉は、本来ギリシアの喜劇作家メナンドロスが、劇中に使用した台詞で、これをカエサルは使用したのでした。

後編へ続く・・・
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