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2010/06/30

歴史の?その230:正史の中の疑問37:カースト・前編

<正史の中の疑問37:カースト・前編>

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 カースト制度は、インドの長い歴史を通じて、その社会の大きな特徴と成り、現在においてもなお、厳然と存在しています。
私達が、教えられた“士農工商”の様な四姓制度の様に単純なものでは無く、カースト制度は細分化されたもの迄数えれば、2500以上に上ります。
カーストの構成員は、他のカーストと結婚する事は出来ず、その種類によっては、他のカーストの人々と食事をする事も、調理して貰う事も出来ないうえ、それぞれのカーストには、祖先伝来の職業が存在し、其れを世襲する事が義務づけられていました。

 この他、一つのカーストに独特の掟を持つ例も少なくなく、中には、海を越えてはならないと定められて者も在り、このカーストに属するものが、兵役に就いた場合、海外への遠征は出来ません。
これを反抗と見なし、イギリス軍が銃で弾圧した事件(1824年)も発生した程でした。

 更に一般のカーストの他に不可触賤民(アンタッチャブル)が存在し、彼等はパリアと呼ばれ、鈴を付ける事を強制した地方も在りました。
こうした差別からの解放に、尽力したのが、マハトマ・ガンジーで、彼等を「ハリジャン:神の子」と呼び、不断の運動によって、少なくとも、法律の上では、差別を撤廃され国会の議席も与えられる様に成りました。

 インド社会に特有なカースト制度、その極端な階級格差は、どの様にして起こったのでしょうか?
一般にアーリア人のインド征服によって、生じたと説明されています。
アーリア人の祖先は、紀元前2000年頃、中央アジアから西北インドに移住し、先住民族を征服しつつ、紀元前1000年頃には、ガンジス河流域迄進出します。
その間、アーリア人の社会では、神に仕える僧侶バラモンを頂点に、王族、武将階級で在るクシャトリア、庶民階級ヴァイシャ、征服奴隷階級のシュードラの四姓制度が成立しました。

 何故、インド社会に於いてのみ、こうした厳格な階級制度が発生したのでしょうか?
同じアーリア人の別派は、イランに入り現在のイラン人と成り、又同系に人々は、ヨーロッパに広がって、現在の欧米人を形成しています。

後編へ続く・・・
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