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2010/08/20

歴史の?その264:世界史の流れ4・エーゲ海文明

<世界史の流れ4・エーゲ海文明>

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 「光は東方より」と言いますが、メソポタミア、エジプト等に人類の文明は、開闢します。
その“東方”即ちオリエント文化の影響を受けて、小アジアとギリシアとの間に位置する、エーゲ海沿岸とその島々にも、紀元前3000年頃から、独自に文化が生れました。
是を「エーゲ海文明」と呼んでいます。

 この「エーゲ海文明」は長期に渡り、その存在そのものが忘れられていましたが、19世紀の終焉近く、ハインリッヒ・シュリーマンがトロイア、ミケーネ等の遺跡発掘調査を行い、多数の黄金製品を発見してから、その存在を改めて私達は、知る事ができる様に成りました。

 「エーゲ海文明」は“前期”と“後期”、二つの年代に分ける事が出来、“前期”は「クレタ文明」又は「ミノア(ミケーネ)文明」と呼ばれています。
エーゲ海の南部に位置するクレタ島のクノッソスに君臨した“ミノス王”が当時、エーゲ海一帯を統治していた事に由来する名称です。

 イギリスの考古学者 アーサー・エヴァンズは、20世紀初頭に、クノッソスの王宮跡を発掘調査し、クレタ文明の栄華を私達に伝えてくれました。
クレタ文明の最盛期は、紀元前1800年から紀元前1400年頃とされていまが、その後突然クレタ文明の中心で在ったクノッソスが滅び、新しくギリシア本土のミケーネ、ティリンス、ピュロス等に文明の中心が移動します。
是等ギリシア本土で、開花した文明が“後期”に属する「ミノア(ミケーネ)文明」なのです。

 ミノア文明もクレタ文明と、類似した文明なのですが、前者が小アジア系人種(詳細は現在も不明)ですが、後者はギリシア系人種による文明でした。
ギリシア系民族は、紀元前2000年頃から、バルカン半島を南下し始め、紀元前1400年頃クレタ文明を滅亡させたのですが、当時彼等は、文化的に未開で在ったので、先行するクレタ文明を模倣して自分達のものとしました。
その為“前期”と良く似ていることから、この二つの文明は総称して「エーゲ海文明」と呼ばれています。
そのミノア文明は、紀元前1200年頃新たに南下して来たギリシア系ドーリア人によって征服され滅亡します。

続く・・・

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