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2010/08/26

歴史の?その269:

<世界史の流れ9・庶民の生活>

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 私は、中学生の頃、歴史を勉強していて気付いたのですが、当たり前の事が、意外と判らないものなのです。
昔の人々が、朝何時に起きて、如何なる物を食べ、どの様に生活して、何時頃床に就いたのでしょう?
この様な、極日常の生活模様が、良く判りませんでした。

 当然ですが、当時の人々は極々自然な普段の生活模様を、誰も記録してくれなかったのです。
現在でも日記を付ける人は多いですが、その際、決まりきった日常の暮らしの細部迄書き残している人物は、まず居ないと思います。
仮に存在したとしても、長い年月に内に、ありふれた記録は、捨てられてしまいます。
残されるのは、特別に価値があると認められたものばかりと成ります。
役所の文書に関しても、平凡なものは処分されので、庶民の戸籍等は一定の期間保存され廃棄抹消されてしまいます。
結果的に特殊な事件に関する文書等しか、後世に伝わりません。

 其処で、もし何らかの偶然によって、こうした平凡な記録が発見された場合、それは大発見と成ります。
敦煌文書が尊重されるのも、その様な背景が有り、此処には経典、絵画の他に、庶民生活の資料が残されていました。
それも唐の時代の記録資料が現存していたのです。
日本でも、正倉院には奈良時代の戸籍が保管されていますが、是はその裏側に仏教の経典が写されており、経典として保存されていたのでした。
当時を推察すれば、紙は貴重品でしたから(現在は、エコロジーの観点から裏紙を使用しますが)一端使用したからといって廃棄する事は勿体無いので、裏返して別の用途に使用する事によって、本来残らないはずの戸籍が、現在に伝えられたのでした。

 紙一つ取り上げても、時代によって、是だけ用途の差が出てきます。
其処に歴史の面白さが有り、難しさが有ると言えるでしょう。
紙の発明が中国で行われ、イスラムを経てヨーロッパに伝えられましたが、この事は如何なる歴史の書物にも書いて有ります。
しかし、其れだけ紙が貴重であった時代に、現在の私達が紙をもって為す用件を何で足していたのでしょうか?
現在なら、ペーパーレスとなり、パソコンに記録(記憶)する事で、何時でも見る事が可能ですが、この様な問題に関しては、歴史の書物も沈黙したままなのです。

 歴史の中の本当の謎は、この様な分野において無数に存在するのではないでしょうか?

続く・・・
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