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2011/02/16

人類の軌跡その10:伝説③

<バビロンの栄華その3>

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◎空中庭園

 「空中庭園」は、新バビロニア王国のネブカドネザル2世が造営したと、伝えられる建造物で、浮かんでいるという意味ではなく、平地に土を盛り上げ、小山の様に形造った一種の人工の山ですが、草、花、木々を数多く植え、あたかも遠距離から望見すると、天井から吊り下げられた庭に見えるところから、その名前が生まれたのでした。

 ネブカドネザル2世がなぜ「空中庭園」を造ったのかについては、以下の様なお話が、現代に伝わっています。
「ネブカドネザルが、バビロンの王に即位した時、北方のメディア王、キアクセレスの王女を妃に迎えました。
メディアは山国で、果実と花に溢れる土地でしたから、その地で生まれ育った王妃は、平坦でしかも雨の降らないバビロニアが退屈で、何時も生まれ故郷であるメディナの緑の丘や木々、咲き乱れる花々の美しさを懐かしがっていたのでした。
其処で、王は王妃を幸せにする為に、故郷のメディナに在る如何なる種類の庭園よりも、美しい庭園をバビロンの地に造ろうと決心します。
王は優秀な建築家、技術者、工匠を各地から集め、その構想を実現しようと努めます。
王宮の広場の中央に縦横400m、高さ15mも土台を築き、その上に階段状の建造物を建てました。
最上階は、60平方m位の広さですが、高さは、105m(!?)、現在の30階建てのビルに匹敵するものでした。

 雛壇が完成すると、その上に何tもの土壌を運び上げ、一種の花壇を造り夥しい種類の草木を植えたのでした。
処で、この雨の殆ど降ることの無い、乾燥した地方で、此れほど大規模な庭園に水を供給することは、大問題でした。
王は建造物の最上部に水槽を置き、ユーフラテス河の水を汲み上げ、その水を最上階から低部に向けて流したのでし、水は、絶えず花壇に適度な湿り気を与え、更に庭園の低い部分の内側は、常に涼しい状態に保たれた、幾つかの部屋が設けられていました。
この部屋の上部からの水漏れを防いだのは、瀝青を敷き詰め物と云われています。

 二千数百年の昔、メディアの美しい王女を喜ばせた「空中庭園」は、現在、バベルの塔と供に現存していません。
ネブカドネザル2世の名前は、旧約聖書に留められていますが、美しいメディア王女の名前は、現在に伝わっていません。
このお話も一種の、伝説なのです。

その4へ続く・・・

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