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2011/02/18

人類の軌跡その12:忘却①

<エフェソスのアルテミス神殿その1>

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           エフェソス遺跡(ローマ時代のレリーフ)

 エフェソス(エペソ)の街は、小アジアに実在した、古代イオニア地方12の都市の一つで、紀元前6世紀頃、既に西アジアに於ける商業の中心地として繁栄し、最も富裕な都市と成っていました。
この街から「万物は流転する」と説いた、哲人ヘラクレイトス(紀元前535年~紀元前475年)や、詩人ヒッポクラテスが登場しましたが、この街を最も有名にしたのが、アルテミス(ディアナ)の神殿なのです。

 当時、世界最大の富豪と称えられた、リディア王クレッソス(在位紀元前560年~紀元前546)の提唱で、アルテミス神殿は建立されました。
高さ20mにも及ぶ、壮麗なイオニア風の白亜大理石の円柱を127本使用し、完成迄に120年を費やしたと云われています。
次の世紀にヘロドドスが、エフェソスを訪問した時、この神殿に感歎しエル・ギザのピラミッドやモエリス湖、ラビュリントスに劣らずの、賛嘆の言葉を送っています。

 ヘロドトスのエフェソス訪問から、1世紀ばかり後、この壮麗な神殿は一人の心無い者の仕業によって焼失してしまいます。
紀元前356年10月、ギリシア人ヘロストラトスは、「どうせ悪事を行うなら、後世迄語り告がれる様な悪事を働こう」と云い、神殿に放火したのでした。

 しかし、神殿は、ディノクラティスの手によって再建され、エフェソスの女性達は、修築資金を募る為、自ら宝石類を売却しました。
諸国の王達も、クレッソス王に見習い、円柱を寄進したのです。
アレクサンドロス大王は、アジア遠征の折、完成半ばのアルテミス神殿の壮麗さに感動し、「若し、エフェソスの民が、この神殿を自分の名前で寄進させてくれるなら、建立の全費用を受け持っても良い」と申し出ましたが、「ある神が、他の神の神殿を建立する事は適当では在りません」として固辞したと伝えられています。

その2へ続く・・・
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