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2011/03/03

人類の軌跡その23:忘却⑦

<ハリカルナッソスの霊廟その1>  

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 紀元前4世紀の半ば、小アジアに栄えたカリア王国の首都ハリカルナッソスは港町で、マウソロス王によって統治されていました。
マウソロス王は、精力的、好戦的な性格でロードス島を征服し、暫くは隣国リュキアの領主となった事意外、現在に伝えられる事は、殆ど存在していません。
霊廟が、彼の名前に由来しマウソレウムと云う単語に成ったのは、彼の妃アルテミシアの献身の賜物と言わなければ成りません。

 紀元前353年、マウソロス王が崩御すると、王妃アルテミシアは、亡き王の霊を慰める為、霊廟を建立する事としました。
王妃は、ギリシアから建築家サテュロス、ピュティアス、彫刻家スコパス、レオカレス、プリュアクシス、ティモティオス等、著名な芸術家を招集し、世界で最も壮麗な墓を造る様に命じたのでした。
彼等はエジプトのピラミッドや、ファロスの灯台に比較すれば小規模では在るものの、構造の美しさ、彫刻装飾の豊かさ、技巧の巧みさに於いて、当時知られる如何なる建造物よりも、優れた建物を造る事としたのです。

 不幸にも王妃アルテミシアは、その完成を見る事無く、王マウソロス崩御の2年後に世を去りますが、王妃の遺志に従い霊廟の建立作業は、継続されたのでした。

 霊廟は、ハリカルナソスの町の中央部に在る広場に造られ、まず四角の大理石の基礎が置かれ、それぞれの四隅には、馬に乗った戦士達の彫像が置かれ、金白色の大理石で造られた36本のイオニア式円柱が立ち並び、円柱と円柱の間には、男神と女神が交互に置かれました。
36本の円柱の上には台輪が載せられ、其処から急傾斜の高いピラミッドが組み立てられ、更に頂上には金箔を貼った青銅の馬具をつけた、4頭立ての2輪馬車に、大理石で造られたマウソロス王と王妃アルテミシアの像が載せられました。
霊廟の高さは42m、周囲123mの巨大な建造物に成りました。

その2へ続く・・・
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