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2011/03/06

人類の軌跡その26:忘却⑩

<ヘリオスの巨神像その2>

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 その様な折、プトレマイオスがロードス島救援の為、大艦隊を急派し、マケドニア軍は沢山の武器を遺棄して本国へ撤退を余儀なくされたのでした。
ロードス島の人々は、プトレマイオスを「ソーテール(救い主)」として仰ぎ、感謝の印としてマケドニア軍が遺棄した青銅製武器を集めて、自分達の守護神ヘリオスの像を造る事にしました。

◎巨像の建立

 巨像の製作に従事したのは、有名な彫刻家リュシッポスの弟子で、リンドウスのカレスです。
カレス自身、ロードス島防御の為に勇敢に戦った一人でも在り、彼はこの記念像を建立する場所として、ロードスの港と外海の間に防波堤の様に突き出ている小さな岬の端を選びました。

 白い大理石の台座部分だけでも、15mの高さが有ったと云います。
その上に巨大な青銅の足を据え、胴、腕、頭部と付け加えて行き、空洞になった足首と脚部を安定させる為に、多量の石材が注ぎ込まれました。
カレスはこの巨像を完成に漕ぎ着ける迄に、12年の歳月を要しました。
像の高さは33m、胴回り18m、脚の太さ3.3m、足首だけでも1.5mもあり、ヘリオスの像は台座の高さを加えると48mにもなり、其れは現在のニューヨーク、リバティ島に聳え立つ自由の女神像に匹敵するものでした。
若し現代に現存していたならば、ヘリオス像と自由の女神像は双子の像と見られたかも知れません。
ヘリオス像は青銅製、自由の女神像は銅製で、何れも頭の周りに太陽の光を模った冠を戴き、自由の女神像は燭台から光を放ち、ヘリオス像はその眼から光を放ったと云われています。
高さから言えば、自由の女神像は台座を別にしても、腕を高く差し上げている分だけ、12m程高いのですが。

 処で、ヘリオス像には足から腰、胴、胸、肩、首、頭部と螺旋階段が設けられ、開いた眼のすぐ後部迄続き、夜間はこの台の部分に火が灯され、この眼の光は遥か遠くから観る事が出来ました。
この眼の部分には、いくつかの部屋も設けられ、遠方を観測する事も出来たと云われ、眼下の港や町、雪に覆われた小アジアの山々、そして真蒼な地中海が広がっていました。
港の背後の緑の丘の上には、堅固な城壁に囲まれた白い町も見渡せと思われ、港に出入りする無数の艦船も手に取る様に見えた事でしょう。

続く・・・

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